ハセガワ1/350隼鷹を作る(その18)

2017–05–13 (Sat)
前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 右舷側に続き、左舷側の機銃座の下部サポートが一通りできました。あとブルワーク内部の補強材等を付けて機銃座の製作はここで一旦止めます。艦尾の増設機銃座は船体の形ができた後、艦橋前後のものは飛行甲板の組立と同時に行います。

 次からは6基の高角砲座と高角砲の製作に入ります。以下次回。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その17)

2017–05–07 (Sun)
前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 前回作り直した右舷側機銃座の内側に、レインボーの三角孔板エッチング(Rb7015)の縦横1mm三角板を取り付けます。


 機銃座のブルワーク外側の補強材は、隼鷹については竣工時から設置されていた4基の95式射撃指揮装置の部分にしか付いていなかったようなので、伸ばしランナーでその部分にのみモールドを加えます。これで右舷機銃座の作業は一通りできました。


 引き続いて左舷側の機銃座を右舷と同様の手順で作り直します。キットのパーツを元に切り出してブルワークを付けたところまで。これから下側のサポート材を付けてゆきます。

 艦尾の機銃座も同様に作り直しますが、これは艦尾との兼ね合いで船体ができた後に作業します。左舷の機銃座の後は6基の高角砲座と高角砲の検討に入る予定です。

 以下次回。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その16)

2017–04–29 (Sat)
 3回前の続き。

写真日本の軍艦第4巻より
(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 隼鷹本体の製作は両舷側の2つの機銃座から始めます。上の写真は終戦後の右舷後部機銃座を捉えたものです。


 この実艦写真とキットの機銃座の部品(上写真奥)を比較すると、キットはブルワークの高さが低く、このまま機銃を取り付けるとブルワークから飛び出るような印象を与えてしまいます。これは成形技術の都合で機銃座の床面が約1mm程の厚みがあるのに対して、ブルワークは図面通りの2mmの高さが付けられているために、内側の高さが差し引き1mm程度に留まっている事に依ります。わずかな差に過ぎず1/700では無視できる事ですが、1/350となると少し気になります。そのため機銃座を全て作り替え、薄い素材を用いる事で床面を下げてブルワークの内側の高さを上げる事にします。

 まず右舷の銃座から、具体的には機銃座の裏面のサポートを全て削り取った上でこれを型として0.3mmプラ板を切り出し、上面に滑り止めのモールドを加えた上で2×0.14mmのプラストライプを前面に貼ってブルワークとします。


 キットの部品との比較。床面を下げた事でキットよりもブルワークの内側の高さが高くなっているのがわかると思います。0.5mm程度の差ですが、より実艦に近い印象になりました。また今ひとつシャープさに欠けたキットのブルワークの厚みも改善しています。


 下面もキットの表現は1/700とさほど変わらないので、レインボーの組み合わせができる切り込みの入った穴空き帯板(Rb7004)とプラ材からそれらしく作っています。バランスは今ひとつですが、船体を完全に裏返さない限り全体を見通せないのでこれで通します。


 船体に仮に付けるとこのような感じになります。中央にある筒状のものは95式射撃指揮装置用のブルワークで、0.1mm真鍮板を丸めて作っています。頭に挙げた実艦写真をよく見ると、この筒状のブルワークは機銃座前面のブルワークに接する形で取り付けられています。どうも竣工時から付けられていたものではないようで、艦尾の増設機銃座のそれが機銃座前面のブルワークと一体化している所から見て、それが設置されたと考えられる昭和17年8月頃までに追加されたのではないかと見ています。


 下面はこんな感じです。あともう少しモールドを加えたあと、左舷側の機銃座も同様の手順で作ります。

 以下次回。

飛鷹型航空母艦に関する覚え書き(8)補足

2017–04–24 (Mon)
 以下は「南太平洋海戦時の隼鷹」の主題から外れる事なので補足として。



 隼鷹が太平洋戦争中に増設した機銃のうち、昭和18年11月から19年3月の雷撃損傷修理の際に設置された艦首の25mm三連装機銃4基について、マリアナ沖海戦の後に噴進砲が装備された際に単装機銃と取り替えられたとする解釈があり、先日発売されたモデルアート艦船模型スペシャルNo.63隼鷹飛鷹p86-87にもそう書かれています。しかしながら、老猿さんのブログ「海に憧れる山猿」に於いて違うのではないかと指摘されており、私も機銃換装の事実は無いと考えています。

 大和ミュージアムの公開資料の中に昭和19年12月の雷撃損傷の際に佐世保工廠が作成した損傷状況の見取図があり、この図には艦首機銃座を指して二十五粍三聯装機銃とはっきり書かれています。恐らく換装説は雷撃後の損傷写真で右舷の三連装機銃の台座に銃身が一本しか見えない防弾板付きの機銃が写っている所から来ているのではないかと思いますが、防弾板が三連装機銃のものである事と、銃座形状の違いなどから何らかの理由で銃身を二本取り外した機銃ではないかと見ています。

 なおこの写真は右舷艦首機銃座のブルワーク前端が上方に吹き飛ばされた姿が印象的ですが、上記の損傷見取図によればこれは雷撃によるものではなく、3日前の12月6日に荒天下の激浪で受けた被害ということです。当日の気象は波高8m、風速17m、右舷30度の方向から30mの突風が吹き付ける状況で、艦首左右の機銃座の損傷に加え飛行甲板の前端が上方に折れ曲がり、更に雷撃の衝撃で折れ曲がった前端が落下圧潰したとあり、そのためか修理後の艦首機銃座は基部が支柱とサポート部が一体化した形状に変わっているほか、飛行甲板前端の支柱の本数も増やされています。



 前回の記事でミッドウェー後の航空母艦の艤装方針の変更点として艦首尾方向の砲力の増加という事を書きました。実際それ以降に竣工したり改装を受けた空母は艦首と艦尾に機銃や噴進砲を増設していった艦がほとんどですが、唯一例外が存在します。昭和19年3月に竣工した大鳳で、残存する資料では艦首部に機銃座が全くありません。

 ハリケーンバウを採用した関係で艦首前端に機銃座が設置できないのは判りますが、同時期に機銃を増設した隼鷹のように両舷に銃座を設ける事は可能だったようにも思えます。しかしながら残存する航空写真からは艦首部に銃座らしきものは見当たりません。艦首方向からの攻撃に対してこれで良しと見ていたのかどうか、よくよく考えると引っ掛かる点ではあります。

 この項目はこれで終わりです。

飛鷹型航空母艦に関する覚え書き(8)

2017–04–22 (Sat)
 昭和17年10月の南太平洋海戦当時の隼鷹の兵装については竣工時+21号電探の設置のみで、機銃の増設は無いとする解釈を多く目にします。先日発売されたモデルアート艦船模型スペシャルNo.63飛鷹隼鷹の作例も同様でした。またハセガワが1/350隼鷹のバリエーションとして竣工直後の飛鷹を発表しましたが、「南太平洋海戦当時の隼鷹も製作可能」と宣伝文に書かれているため、ひょっとしたら増設機銃座や噴進砲座が含まれている部品Kを外してそっくり入れ替えるのかもしれません(この部分は実際に発売されて異なっていたら修正します)。

 しかしながら、私は南太平洋海戦当時の隼鷹は最低でも艦尾機銃座は増設済、そして艦橋前後の機銃についても海戦前に増設されていたのではないかと考えています。その根拠については完成後にまとめて書くつもりでしたが、ここで述べることにします。



 これから検討する事柄には「時系列」の要素が含まれるため、まず隼鷹の竣工時から昭和18年初頭までの主な行動を一覧にしてみます。

昭和17年
 5月3日 竣工
 5月22日 呉出撃、以降アリューシャン攻略作戦に従事
 7月3日 呉帰港
 7月   呉海軍工廠入渠(推定)
 8月13~22日 呉海軍工廠入渠
 10月3日 呉出撃、ソロモン作戦に従事、南太平洋海戦参加
昭和18年
 2月22日 呉帰港
 2月26日~3月15日 呉海軍工廠入渠

 大和ミュージアムの公開資料の中に飛鷹の一般艤装図がある事は以前にも書きましたが、この昭和18年6月14日出図の舷外側面図には艦橋の前後と艦尾の増設機銃座が描かれています。つまり昭和18年6月の時点で飛鷹は竣工時から機銃が増設されていた事になり、それまで入渠時期がほぼ同じだった隼鷹に関しても同様だったと考えられます。

 ただし工事は昭和18年2月の入渠で行われた可能性もありますが、既成艦船工事記録には具体的な工事内容は記されていません。南太平洋海戦当時の隼鷹/飛鷹の艦全体を写した写真や映像も見当たらず直接の検証はできないので、他の資料から増設時期を推測する事にします。

 まず、呉鎮守府戦時日誌の昭和17年7月分の作戦経過概要の造修 工廠工事 施設工事の24日の項目にこのような記述があります。

昭和17年7月24日
官房機密第三三三番電ニ依リ航空母艦ニ機銃増備工事施工ノ件指令

昭和17年5月1日~昭和17年8月31 呉鎮守府戦時日誌(3)
アジア歴史資料センター Ref.C08030325000 p68-69 より

 この訓令は他の鎮守府戦時日誌には記載がなく、内容はわかりません。しかしながら何らかの指令があったことは間違いなく、8月に呉海軍工廠に入渠した隼鷹/飛鷹はこれを受けて機銃の増設工事が行われたのではないかと考えます。

 昭和17年の夏はミッドウェーでの4空母喪失という大敗から何とか立ち直ろうとあらゆる艦船の空母改装が検討されていた時期で、戦訓から艤装方針も変更になりました。ミッドウェーに関しては敗戦隠蔽のために戦訓研究が禁止されたという話もあるのですが、艦の構造や運用に関する問題点についてはすぐに調査が始められたようです。

 以前にも触れた防研資料「発着兵器基地兵器関係」(登録番号⑥技術-兵器-292)の中に、「航空母艦艤装改善ニ関スル方針ノ件仰裁」と題された昭和17年9月22日付の稟議書の写しがあります。頭に「戦訓ニ鑑ミ」と有るので、恐らく珊瑚海とミッドウェー両海戦の戦訓から既存及び建造する航空母艦の艤装方針の改善を求めたものと考えられます。
 この書類には全体方針としてこう書かれています。

一.艤装改善ノ重點ヲ左ニ置クモノトス
(ロ)消防諸施設ニ對スル改善
(イ)揚爆彈魚雷装置ノ改善
(ハ)防禦甲板以下ニ對スル交通及連絡ノ確保
(ニ)對空諸兵装(見張施設ヲ含ム)ノ强化
(順は原文通り)

 そのうち、外形に直結する(ニ)の詳細について列記すると、

四.対空諸兵装ノ强化ニ關スル事項
(一)見張施設
  眼鏡装置ハ現狀ノ二倍程度ニ增强シ且報告費消時ヲ極力短縮ス
  ル如ク見張指揮裝置ヲ改善ス
(二)砲熕兵装
  (イ)主トシテ機銃ニツキ特ニ艦首尾方向ノ砲力增加ヲ計ル
  (ロ)高角砲及機銃ノ旋回俯仰能力ノ增大ヲ計ル
  (ハ)高角砲及機銃ノ俯角ヲ增加ス
  (ニ)機銃ノ射程增大ニツキ研究ス

 ほぼ同規模の艦として昭和17年1月に完成した祥鳳と11月の龍鳳の機銃配置を比較すると、龍鳳には艦首と艦尾に機銃が増設されている事がわかります。またソロモン海域での翔鶴型や瑞鳳も艦首と艦尾に増設機銃座が写っている写真や映像が残されています。従って上記稟議書の「艦首尾方向の砲力増加」については、書類が作成される前に既存の航空母艦への兵装強化策の一環として実施されたようです。

祥鳳と龍鳳の竣工時の機銃配置
(この画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 これらのことから、隼鷹の増設機銃座に関して、少なくとも艦尾のものは、8月に呉海軍工廠に入渠した際に上で述べた官房機密第三三三番電の機銃増備工事指令を受けて設置された可能性が高いのではないかと考えます。艦橋前後の機銃に関しては強化方針を示した文献などは見当たりませんが、南太平洋海戦当時の翔鶴型が増設されていた事から、隼鷹についてもこの時に増設されたのではないかと推測します。

 なお「見張施設の強化」に関しては、隼鷹の防空指揮所上の双眼鏡は図面上では竣工時の13基から大戦末期には21基に増設された事が示されていますが、南太平洋海戦当時は6cm双眼鏡2基の増設程度に留まっていたのではないかと見ています。この根拠も長くなるのでまた艦橋の製作に入った折にでも触れることにします。

 隼鷹の増設機銃についてはまだ少し書く事があります。続きは数日中に。

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MOMOKO.120%

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職業:自営業見習い
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現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

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