飛鷹型航空母艦に関する覚え書き(4)

2016–12–24 (Sat)
 1/350の艦載機では模型の大きさ的に垂直尾翼のマーキングを描く事になります。航空母艦の艦上機の場合、特定作戦に参加した機番号一覧といった資料は極一部を除いて残っていないようなので推測の範囲内で設定するしかありませんが、艦や戦隊の所属記号は全機共通なのでそこは合わせる必要があります。

 開戦時~昭和17年秋頃までの航空母艦の艦上機の垂直尾翼のマーキングは、以下の規定によって描かれていました。これらは写真や映像が多数残っているので容易に確認できます。

英字一文字・ローマ数字一文字(ハイフン)機番号三桁

最初のアルファベット1字が航空戦隊の番号
次のローマ数字は航空戦隊内の序列

機番号(零戦100番、99艦爆200番、97艦攻300番台)

 太平洋戦争開戦時に於ける航空戦隊と各母艦の序列、及び艦載機の記号の関係は以下の通りとなります。

航空戦隊記号所属艦及び序列備考
第一赤城、加賀
第ニ蒼龍、飛龍
第三鳳翔、瑞鳳昭和17年6月解隊
第四龍驤、春日丸※注
第五瑞鶴、翔鶴昭和17年6月瑞鳳編入
※注 昭和16年12月祥鳳編入、春日丸呉鎮守府に転籍
    昭和17年5月祥鳳沈没、隼鷹編入

 これらにより、例えばAⅠ-101と描かれている機体は
A…第一航空戦隊
I…一番艦(旗艦赤城)

101…機番号(零戦101号機)
という事を示しています。


写真日本の軍艦3巻より
空母赤城の零戦101号機の垂直尾翼のマーキング

 また開戦時の機体の胴体帯は、一般的には色が航空戦隊の番号、本数が戦隊内の序列を示していたと言われています。上の赤城の例で言うと胴体帯は赤色一本になります(胴体帯には規定が残っていないらしく、「色」についてははっきりしない部分があります)。

 ただし、航空戦隊内の序列表記に関しては厳密に遵守されていた訳ではないようで、例えば真珠湾攻撃当時の翔鶴は編成上は第五航空戦隊の二番艦ですが、有名なニュースフィルムでは一番艦を示すEIのマーキングと胴体帯一本の機が映っています。行動記録では旗艦交代は11月3日なので、一ヶ月以上経っても描き替えが行われなかった事を示しています。


日本ニュース第84号「ハワイ空襲第二報」より
翔鶴を発艦する胴体帯1本の97艦攻

 翔鶴と瑞鶴は竣工から南太平洋海戦までの間に2度旗艦を交代しているにもかかわらず、艦上機に違うマーキングの写真が見当たらないことから、旗艦の有無に関係なく描き替え自体行われなかったのではないかとも考えられます。



 ミッドウェーで第一・第ニ航空戦隊の空母が全滅したあと、昭和17年7月14日付けで連合艦隊は編成替えとなり、五航戦の翔鶴・瑞鶴・瑞鳳と四航戦の龍驤・隼鷹に飛鷹で新第一・第ニ航空戦隊を構成しました。

 資料の中にはこの際にマーキングの記号も旧一・二航戦の規定に合わせてA・Bに描き替えられたと書かれているものもありますが、旧の五航戦と四航戦の規定が維持されたとする資料が存在します。

機種表示箇所識別表示法(昭和17年7月)

艦隊戦隊区分字
第三艦隊一航戦
二航戦

川崎まなぶ著「日本海軍の航空母艦」(大日本絵画社刊<2009>)p102より抜粋

 私自身はこの一次資料を直接確認はしていませんが、例えば昭和17年6月に三航戦から五航戦に編入された、瑞鳳の艦上機の10月頃とされる写真が残っていますが、このマーキングは旧五航戦のEⅢのままです。また、南太平洋海戦の頃の翔鶴から撮影された有名な写真でも、旧五航戦のEⅠで写っています。


写真日本の軍艦3巻より南太平洋海戦の頃とされる翔鶴の零戦
赤矢印で示した場所に21号電探の艦橋設置に伴い左舷側に移設された
94式高射装置の天蓋が写っている事と
翼の前縁に敵味方識別の帯が描かれていることから
少なくとも昭和17年10月以降の撮影と考えられます。

 これらの写真から、昭和17年7月14日付の編成替えの後も、一航戦と二航戦に関しては旧の五航戦と四航戦の識別記号が維持されたと考えます。

 加えて陸海軍の協定で、主翼の前縁に敵味方識別の黄橙色の帯が付けられる事になります(「昭和17年8月21日軍用機味方識別に関する海陸軍中央協定」<防衛研究所史料閲覧室登録番号①中央-全般-153>)。協定文上の実施日付は昭和17年9月15日ですが、改定通達にタイムラグがあったらしく、実施日は資料によって若干後の日としているものもあります。



 以上が開戦時から昭和17年秋頃までの空母艦上機のマーキングの規定です。これらを元に南太平洋海戦当時の隼鷹機を考える事になりますが、記事が長くなりますので以降次回に。

防衛研究所の史料閲覧室に行ってきました。

2016–11–05 (Sat)
 以前は恵比寿の防衛省内にありましたが、今年の夏に市ヶ谷の施設に移転し、それに伴い幾つか変更になった事柄があります。先日調べ物で行ってきましたので少し。

 まず現在の概要をひとまとめに。

場所
 防衛省防衛研究所内、北側加賀門より入館
 都営地下鉄大江戸線牛込柳町駅から徒歩10分、または
 JR/東京メトロ市ヶ谷駅から都営バス高田馬場駅前行で
 市谷仲之町交差点停留所下車徒歩5分程度
 (市ヶ谷駅から徒歩で行く場合は相当急勾配の坂を登ります)
開館時間
 祝日を除く月~金、09:00~16:30(入館受付は16:00迄)
 ただし12:00~13:00は職員休憩のため諸申請の受付は不可
入館に必要なもの
 運転免許証等、本人である事を証明できる写真付き身分証明書
持込可能な物品
 筆記用具、書類ファイル、ノートパソコン、カメラなど
資料の取り扱い
 閲覧のみ可、貸出は不可
 複写は条件付き一部可(持込カメラ撮影可、ただし三脚類フラッシュ使用不可)
関連設備
 閲覧室離れに100円式無料ロッカー(大中小3種)、及び休憩スペース有
 ロッカールームでの飲食は可(机2卓、椅子6脚×2)
 便所は建物内に隣接して有、駐車スペース及び食堂なし(飲料自販機有)
注意事項
 防衛研究所の敷地内(正門含む)での撮影行為は禁止
 史料閲覧室及びロッカールーム以外の立ち入りも禁止
 一般人に対する質疑応答に過度な期待を持たないこと

 最も大きく変わった点として、スマホデジカメ等、所蔵史料の持込カメラによる撮影が可能になりました。複写申請書に書いて史料と共に提出し、閲覧室に併設されている四畳半ほどの撮影室で行います。一人当たり30分の時間制限があり、時間内に終わらない場合、後に申請者がいる時は一旦交代、いなければ引き続き撮影できます。

 ただし三脚類の使用はできず、手持ちによる撮影に限り、フラッシュも不可。カメラ以外の物品の持込もできません。そのため、極一部のメモ代わりとするのが現実的な使い方で、何十枚と必要とする場合や図面や地図といった全体の正確性を求められる史料は従来通り複写料金を払って専門業者に依頼する方が良いと考えます(疑問に思う方は一度机の上で片手でカメラを持ってフラッシュ無しで本を数十ページ程度撮影してみると後から見返す手間が理解できます)。

 また複写不可史料の撮影禁止に変わりはありません。それでも、今までメモとして描き写すだけでも容易でない作業でしたから、その面では大幅な効率化が期待できます。



 交通は徒歩の場合は都営大江戸線牛込柳町駅が最寄りです。市ヶ谷駅からも行けない事はありませんが、距離が若干長い上にかなり急な坂をずっと登ってゆくので徒歩ではあまりお勧めできません。また靖国神社(靖国偕行文庫)と合わせて行く場合は都営バス高田馬場駅前←→九段下(高71系統)で直に行けます。この場合、防衛研究所側は市谷仲之町交差点、靖国神社側は九段上(南門が開いている場合は九段三丁目)が最寄りの停留所になります。

 入館は加賀門からのみで、他から入ることはできません。また門は常に閉まっているので、詰めている守衛に用件を伝えて開けてもらいます。入館の手続きは以前と同じですが、その際に写真付きの身分証明書(運転免許証等)の提示を求められるようになっています。

 概要はこんなところです。

空母隼鷹の方位探知アンテナについて。

2016–11–01 (Tue)
 隼鷹を作るその2でハセガワのキットの見本の印象として「方位探知アンテナが明らかに一組足りない(3/4)」と書きました。その後、『隼鷹のアンテナは竣工時は4本だが21号電探の装備で防空指揮所上の1本を撤去し、マリアナ沖海戦当時は計3本で正しいのではないか』という指摘を受けました。

 結論から書くと方位探知アンテナの数は一貫して4本で、防空指揮所上のものは21号電探の装備に伴い左舷側に移設されています。これには明確な写真が存在します。

丸スペシャルNo.56日本の空母Ⅲ p63より
(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 解体直前の写真ですが、赤と青矢印で示した位置に確かに4本写っています。青矢印が21号電探の装備に伴い左舷側に移設されたもののようです。

 航空母艦の場合、方位探知アンテナは方位測定室の真上に設置されます。つまりこのアンテナの下に艦橋から移設された方位測定室があるはずです。その前提で左舷側の写真を見てゆくと、

学研「空母大鳳・信濃」 p139より

 左舷中央機銃台の2列並んだ射撃指揮装置用の張り出しの間の下に部屋があり、その上に白黒が飛んでわかりにくいのですがループアンテナの一部らしきものが写っています。飛鷹型の最上甲板平面図を所有していないので100%の確証はありませんが、どうもここが移設された方位測定室のようで、もしそうならこの構造物は竣工時には無かったかもしれません。この4本目のアンテナは昭和19年12月の雷撃損傷時の写真には写っていませんが、伸縮式で下に下がっていたために写らなかったのではないかと考えます。

 ちなみに、先日発売されたフジミ700飛鷹のキットでは、このアンテナは艦橋背面の1本しか再現されていません。専用エッチングも同様なので、厳密を期するならば残り3本分の部品を調達することになります。

 この項はこれで終わりです。

飛鷹型航空母艦に関する覚え書き(1)の訂正について。

2016–09–28 (Wed)
 先日書いた飛鷹型航空母艦に関する覚え書き(1)の中で、

行動記録も既成艦船工事記録でも飛鷹が工廠に入渠したのは18年秋が最後なので、ひょっとしたら飛鷹はマリアナ沖海戦の最終時まで(4.5m測距儀と91式高射装置)組み合わせだったのかもしれません。

 と書きました。その後、マリアナ沖海戦当時に飛鷹副長だった志柿謙吉氏の回想録「空母「飛鷹」海戦記」(2002年光人社刊)を読み、昭和18年11月~19年1月のトラックへの飛行隊輸送の後に呉で入渠工事を行った旨の記述がありました。

 それで両資料を改めてチェックしたところ、既成艦船工事記録には18年秋以降、二回記録があったのを見落としていました。

期間 昭和19年3月11日~25日、同4月15日~21日
いずれも呉工廠、工事区分一般整備、予定外(印刷の後から鉛筆で追加記入)
内容に関する記述は無し

 志柿氏の記述では訓令工事がかなり溜まっていたとの事で、作業の要点は左側の空所へのバラスト補填と便所の逆流対策、缶室隔壁の補強で高射装置については述べられていませんが、3月分は工事期間が2週間とやや長いのでこの関に換装した可能性は否定できません。従って記事の該当部分は削除とします。確認が不十分ですみませんでした。

飛鷹型航空母艦に関する覚え書き(3)

2016–09–21 (Wed)
 前回の続き。

 大和ミュージアムの飛鷹の図面には上部平面や機銃甲板平面図は含まれていないので、左舷側の91式高射装置の設置位置はこの資料からはわかりません。

 赤城の設置例を見ると、測距儀と高射装置の位置関係は、水平方向にはあまり離れてはいません。それを考えた場合、飛鷹型の左舷側の設置位置は測距儀のすぐ艦首側の張り出しが最適のように思われます。隼鷹の竣工時の図面ではここに縦横の変角率測定器が描かれています。

 しかしながら、この場所には直上に作業員控所があるので、仮に高射装置を装備するとすればその分張り出しを側面方向に突き出す必要があります。ところが、隼鷹のマリアナ沖海戦直前や戦後の解体中の写真では、この部分の形状は竣工時の図面と同じように見えます。

 別の場所なのだろうかと戦後の隼鷹の写真を細かく見てゆくうちに、左舷側を撮影した写真で当の張り出しの下側の三角サポートが途中で切断され、ブルワークも後から付け直した跡がある事に気が付きました(赤矢印)。すなわち、この部分は以前はサポートの長さだけ側面(写真では手前)側に出ていた事を示しています。


学研「空母大鳳・信濃」 p139より

 明確な装備写真がないため100%の確証はありませんが、単装機銃装備のためにこの張り出しを突き出したり戻したりという事は考えにくく、隼鷹に関しては94式高射装置に換装されるまでここに91式高射装置が側面に張り出す形で装備され、その後の撤去に伴い張り出した部分も撤去されて竣工時の形状に戻したのではないかと考えます。戦後の写真を子細に見ても、この部分以外に装備されたような跡は見当たりません。

 またこの写真からは、94式高射装置の支柱のサポートと外板の一部が同じように切り貼りされている姿が見えます(青矢印)。マリアナ沖海戦直前に撮影された写真では既にこれと同じように写っているため、それ以前に何か装備があったものと思われますが、詳細は不明です。 老猿さんのブログ「海に憧れる山猿」の記事で、公式図上でこの部分に通路を描き込んだ跡があるとの事で、設置時期と用途はわかりませんが、それだろうと考えます。これはマリアナ沖海戦直前の傾斜試験中の写真では撤去されているように見えます。

 これらのことがらをまとめたのが以下の図になります。

飛鷹型航空母艦の左舷側高射装置の設置状況(推測)
(この画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 艦橋前の4.5m測距儀に付いていた8cm高角望遠鏡の張り出しはマリアナ沖海戦までに撤去されたようですが、左舷側の張り出しは上の写真が示すように終戦後まで残りました。従って高角望遠鏡も残っていた可能性がありますが、これも詳細は不明です。

 91式高射装置を装備していたと考えられる時期で、この部分が明瞭にわかる写真や図面が手元に無いため、今ひとつ確信が持てない推測ですが、現状ではこれ以上確かめようがありません。南太平洋海戦当時の隼鷹は一応この仕様で作るつもりです。

 この項目はこれで終わりです。
 なお、今週末の記事更新はありません。次回は10/01以降の予定です。


(10/19追記)
 記事を書いた後に、老猿さんのブログ「海に憧れる山猿」に於いて公式図を再検討された結果として、91式高射装置のより正確な設置状況と4.5m測距儀前の通路の存在が示されました。これに伴い図の一部と記事本文を修正しています。

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MOMOKO.120%

Author:MOMOKO.120%
職業:自営業見習い
趣味:ブログの通り
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現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

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