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ハセガワ1/350隼鷹を作る(その117)

2019–11–17 (Sun)
 前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 飛行甲板後端の右舷側の着艦標識の基部に、甲板状態信号灯というものがあります。これは隼鷹の他、龍鳳・千代田・海鷹・葛城の公式図にも記載があり、当時の空母に標準装備されていたものと考えられます。ただし設置位置は艦によって右舷側・左舷側・両方とばらばらで、位置に関する規定は無かったようです。


 色は龍鳳の公式図に記載があり、両舷側方向の2本が赤、艦首尾方向の1本が青とされています。交通信号がそうであるように日本語の青は緑を意味することがありますが、龍鳳の公式図は他の装備で緑灯の記載があるので、これは文字通り青灯だったと考えられます。

 しかしながら隼鷹の場合両舷側方向が1本で艦首尾が2本と数が逆です。どう当てはめるか考えましたが、交通信号と同じく並びが重要と考えて両舷側を青、艦首尾を赤としました。着艦標識には他に張出表示灯がありますが、これは後で付けることにします。

 製作は次回より再び船体に戻ります。まず塗装を行って艦載艇と飛行甲板を取り付け、艦橋に移る見込みです。



 以下は「南太平洋海戦時の隼鷹」の主題から外れる事なので補足として。

 前々回の記事で航空母艦の多くに識別文字があると書きましたが、これは厳密には
「一般的に対空識別記号と呼ばれている文字」です。この文字についても規定を記した史料が残っていないようで、そもそも何を識別する目的で描いていたのか本当のところはよくわかっていません。艦名の頭一または二文字ですから艦名のように見えますが、当時の搭乗員は母艦の識別については艦橋の場所や艦隊内の位置で判断したという証言があり、文字の存在自体記憶にない方もあったといいます(モデルアート1982年10月号p56-57「飛龍とその艦上機[13]」)。

 航空母艦の航空艤装は艦政ではなく航空本部の主管です。飛行甲板のマーキングの多くも主戦兵器である艦上機の都合に合わせて描かれたものですから、搭乗員の記憶にない(用途が教育されていない)という事は、ミッドウェーに於ける日の丸塗装などと同様に搭載された艦上機に直接関係したものではなかったのかもしれません。

 これに関連して、川崎まなぶ著「日本海軍の艦上機と水上機」(大日本絵画社)p191では、マリアナ沖海戦直前の昭和19年5月に航空母艦の飛行甲板に文字を入れて敵味方の識別とする旨連合艦隊参謀長から陸軍航空部隊に伝達されたとあります。

 マリアナ戦に於ける識別文字が陸軍も含めた全軍規模での敵味方識別が目的だったとすれば話が全く変わってきます。「大型艦橋がある艦は平甲板空母との識別が容易なので識別文字も無かっただろう」というのはあくまでも船乗りの視点であって、特に陸軍にとっては艦橋があろうがなかろうが敵味方の区別の材料にはならず、ゆえに識別を徹底する必要があった訳で、特定の艦にだけ識別文字が無いという事は考えにくくなります。

 昭和16~18年の大戦前半と昭和19年頃ではまた意味が違ったのか、輸送任務が主だった大鷹型や龍鳳・昭和18年頃の瑞鳳の航空写真に文字が見当たらないなど航空母艦の識別文字の「本当の意味」には不明点が多々あります。ただ、いずれの時期に於いても一般に言われている「搭乗員が着艦するため」という解釈は違うのではないかと個人的には考えています。

ダイヤモンド社刊 日本海軍艦艇写真集 航空母艦・水上機母艦 p109より

 隼鷹は上記の伝達以前の昭和19年3月頃とされる放水テスト中の写真で、飛行甲板の右舷端に「じゅ」の文字が認められます。この文字が必須条件だったとすれば、日本ニュースの映像で甲板の状態が艦上機で見えない右舷艦尾端に既に変わっていた可能性も有り得ます。ハセガワの木製甲板の塗装図で昭和17年の隼鷹の識別文字がエレベーターの上か右舷後端か、あるいは全く無かったかもしれないと曖昧な表現に留まっているのはこれが理由のようです。マリアナ戦では何も描かれていない指定ですが、上で述べたように右舷後端に描かれていたと考えられるので注意が必要です。

 この項目は以上です。
 以下次回。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その116)

2019–11–15 (Fri)
 前回の記事の後で、「飛行甲板の中心線は前部エレベーターの所で切れているのではないか」という御指摘を受けました。それで改めて日本ニュースの映像をチェックしたところ、確かにエレベーターの中心付近で一旦切れているように見えます。

日本ニュース第145號 「海鷲南海の索敵」より
(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 また日本海軍の艦上機と水上機p191の航空写真でも下げ位置の前部エレベーターの中心線が中央部で切れているようにも見えます。写真の汚れか何かだろうと考えていたのですが、映像と合わせるとそう解釈する他はありません。従ってエレベーターの中心部分の白線を消すことにしました。長さはエレベーターの1/3としましたが、もう少し長かったかもしれません。それと切れた先の部分から遮風柵の手前までは右舷側のかすれた線が見当たらないようなので共に修正しました。中心線の両脇の線については映像も写真もよくわからないのでそのままとしています。


 他に世界の艦船増刊(新版)日本航空母艦史p139最上段の艦上機作業中の写真から、遮風柵の先から木甲板の前端まではかすれのない太線ですが、製作では少しわかりにくい感じだったのでこれも手直ししています。




 飛行甲板の先端と中央部にある放射状のマーキングは風向標識で、赤矢印で示す傘状の部分の先端に蒸気吹出口があり、ここから噴出させて流れる事によって飛行甲板上の風向を知るためのもので、多くの空母に描かれていたと考えられるものです。

日本ニュース第145號 「海鷲南海の索敵」より

 隼鷹は日本ニュースの映像などから、ハセガワの木製甲板の塗装図やデカールで大体合っているのではないかと考えます。ただし映像や上で述べた日本航空母艦史の写真では中心線と重なる部分(4)の放射線が点線で描かれていますが、それは再現されていません。また中央部の風向標識を横切る白線は飛行甲板の端まで指示されていますが、実際は(5)のように最も外側の線の位置までだったようです。

 航空母艦の風向標識に用いられる蒸気噴出口は中心線とは必ずしも一致せず、標識の傘の先端は噴出口の位置になるので、艦によっては標識の中心位置が中心線とずれる場合があります。もっともわかりやすい例はレイテ沖海戦の瑞鳳の有名な航空写真で、標識と中心線が一致していません。隼鷹も同様ですが、ハセガワの塗装図はデカールの貼付位置が掴みにくいので注意する必要があります。


 飛行甲板の艦尾端の紅白の帯は、艦の前後と艦上機の接地禁止区域を意味していたそうで、この部分に接地すると気流の関係で機体が押し戻されて海面に叩き付けられるために目立つ塗装となっていました。先の大戦では末期や輸送が主任務だった艦を除く大半の空母が塗装していたと考えられますが、帯の幅については写真が残っている艦を見てもまちまちで統一した規定は無かったと思われます。

 ハセガワの木製甲板のデカールは17年時が幅の狭い帯、マリアナ沖海戦時が広い帯と2種類が用意されています。マリアナについては直前の傾斜試験の写真から幅広であった事がわかりますが、17年時が狭い帯である事を明確に示す写真や証言は私が知る限りでは見当たりません。日本海軍の艦上機と水上機p191の航空写真は大変不鮮明で目を細めればそう見えなくもないという感じです。

 そもそも何もなければわざわざデザインを変える必要もないと解釈するのが妥当ですが、隼鷹は昭和18年11月の雷撃損傷の際に飛行甲板の後端を損傷したとする記録が残っています。

飛行甲板
F24ヨリ後部右舷<舟+右>甲板上方ニ湾曲(最大三米二〇〇)

「太平洋戦争中の日本海軍艦艇被害記録」
(防研資料登録番号④艦艇・陸上部隊-艦艇-85)

 これは昭和16年12月9日~20年8月に海軍省が接受した艦船部隊の沈没や損傷・事故に関する電報や文書から摘録したもので、隼鷹の公式図上の24番フレームはちょうど後部の木甲板と鉄甲板の境目(格納庫の後端)に当たり、そこから最大で3.2m吹き上げられた事になります。

 もちろん修理に当たって後端の帯のデザインを変えた記録はありませんが、この製作では車で言うところの事故歴を示すために変えるのも面白いと考え、ハセガワの指示にならって幅の狭い紅白帯を描いています。

 まだ書く事があります。以下次回。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その115)

2019–11–12 (Tue)
 前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 飛行甲板の製作がほぼ済みました。まだ若干取り付ける部品はありますが、それは後回しにします。



 旧日本海軍艦艇の塗装は詳細な規定が残っていますが、航空母艦の飛行甲板上の塗装に関しては明確な規定が見当たらないらしく、航空写真などから判別できる幾つかの例が紹介されているだけで、それら個々のマーキングの意味や個艦毎の変遷もよくわからないものが少なくないのが現状です。

 隼鷹に関しては写真やニュースフィルムなど飛行甲板の状態が判る記録が比較的残っていて、ハセガワもこれらを参考に木製甲板などの塗装図やデカールのデザインを推定したようです。幾つか変更追加した部分もありますが、この製作でも基本はそれに従っています。

日本ニュース第145號 「海鷲南海の索敵」より

 この映像は瑞鳳と共にガタルカナル島撤退の支援に当たった昭和18年1月末~2月頭頃の撮影と考えられます。昭和17年時と考えられる写真と多くの点で一致する事から、南太平洋海戦当時もほぼこのマーキングではなかったかと見ています。

 映像では(1)中心線の右舷側半分が全体的にかすれています。ハセガワは艦上機の運用で消えたと考えたようで、元々はかすれた部分も含めた太い線だったと解釈しています。しかし映像をよく見ると(2)に右舷側寄りに描かれた着艦接地目標の円を消した跡が見えます。元々この円は中央右舷側のかすれた線を中心に描かれていたようで、つまりこの線のかすれは艦上機の運用でそうなったのではなく、意図的に薄くしていたのではないかと考えます。当時の運用方法が全く判らないので推測でしかありませんが、この製作では中心線の右舷側のかすれは意味があるものとしてやや薄い塗装としたつもりでしたが、特に木甲板部で明度差が思ったほどはっきり出ませんでした。

 映像からは(3)に白線を描いて消したような跡があります。ハセガワの塗装図には描かれていませんが、川崎まなぶ著「日本海軍の艦上機と水上機」(大日本絵画社)p191に、昭和17年5~6月頃と考えられる隼鷹型の航空写真が掲載されていて、不鮮明ながら前部エレベーターの横付近まで白線が引かれているように見えます。そして隼鷹の戦友会誌に掲載された、昭和17年10月に艦橋前で撮影された第一分隊の記念写真にも甲板上に薄いラインが認められます。従って南太平洋海戦当時はこの白線がまだ残っていたと判断し、薄い線を引いています。

前部エレベーター付近
中心線の右舷側と最も右舷寄り(画像手前側)の白線の色調に注意




 後部エレベーター前の円は上で書いた通り艦上機の着艦接地目標で、当時の空母の多くに描かれていたものです。ハセガワの塗装図とデカールは円が中心線から両端の線近くまでで後端がエレベーターに掛かる外周直径約37mmの大きさで、日本海軍の艦上機と水上機の写真でもそのように見えます。一旦はそれに従って塗装しましたが、日本ニュースの映像で右に描き直した跡があることから一回り小さい外周34mmの円として描き直し、右舷側にごく薄く消した跡を付けてみました。円の大きさや前端と第8横索の位置関係から後端はエレベーターには掛からないものとしましたが、これについては確証がありません。


 後部エレベーターの識別文字「じ」については明確な写真や証言などは見当たりませんし、上に挙げた日本ニュースの映像でも何も描かれていません。ハセガワの木製甲板にはドライデカールが用意されていますが、塗装図では貼付の有無は任意に留めています。

 この製作では、日本海軍の艦上機と水上機p191の航空写真で後部エレベーター付近が不鮮明ながらそのようにも見える事と、p192にヒと描かれた飛鷹の写真がある事、当時の航空母艦の多く-特に外形に大きな違いがない翔鶴型は翔鶴瑞鶴双方に描かれていた事などから、南太平洋海戦当時の隼鷹に描かれていたとしても不自然ではないと判断しました。字体とサイズはハセガワのデカールに合わせています。

 日本ニュースの映像に描かれていない点については、撮影時点で飛鷹が既に内地に引き揚げている事と関係があるのではないかとも思いますが、識別の本当の意味がはっきりしないため憶測の域を出ません。ただ、初めから何も描く必要が無かったのであれば前部エレベーターと同じく中心線を描くのが自然ですから、そこには何らかの意図があったのだろうと見ています。

 なお、ハセガワの木製甲板にはもう一つ「じゅ」の文字が用意されていて、17年10月の状態にはあったかもしれない(貼付は任意)としています。この文字は昭和19年前半~マリアナ沖海戦当時には確実にあったと考えられますが、塗装図では何も指定されていないので注意が必要です。これについては後でまた触れます。

 長くなるので以下次回。
 (数日内に更新します)

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その114)

2019–11–03 (Sun)
 前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 飛行甲板の白線引きに手間取っています。残りは艦尾端の紅白の帯だけなので、来週には済むと思います。

 昭和17年頃の隼鷹の飛行甲板は幾つか写真が残っているほか、以前にも挙げた昭和18年2月頃と考えられる日本ニュースの映像で大体の状態が推測できます。ハセガワの専用木製甲板の塗装図はこれらの情報を元にまとめたものと考えられ、この製作でも大筋ではそれに従っています。詳細については仕上がったときに改めて述べることにします。

 以下次回。

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MOMOKO.120%

Author:MOMOKO.120%
職業:自営業見習い
趣味:ブログの通り
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現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

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