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平成の世の終わりに。

2019–04–30 (Tue)
 思うことを少し書いてみます。

 平成が始まった1989年頃の艦船の組立模型の市場はほぼ停滞状態でした。唯一ピットロードが日本海軍共通パーツセットや外国艦艇を出していた他は、ウォーターラインやタミヤの1/350は何年も新製品がなく、日本模型は70年代後半の経営規模に見合わない設備投資の失敗、またイマイは80年代中頃に起きた二度目の経営危機で共に製品開発能力をほぼ失っていました。このような状況だったため、当時は模型誌で艦船の特集が組まれる事もありませんでした。

 平成の前半はフジミの離脱に伴うウォーターラインの再始動と、ピットロードの日本艦参入で市場が少しずつ動き始めます。当時の状況については本サイトに私の過去の発言を残していますので、その一端が垣間見えるかもしれません。

 状況が劇的に変わり始めるのは平成16(2004)年頃からで、フジミが特シリーズで1/700日本艦の新規開発を始め現在では主要艦艇を一社でほぼ網羅するまでに至り、ウォーターラインもアオシマを中心に旧製品のリメイクや新製品の開発が続きます。

 そして平成17(2005)年にハセガワが1/350で戦艦三笠を発表、これを皮切りに1/350の大スケールにアオシマ・フジミも参入、約20年間ほとんど新製品がなかったタミヤも伊400潜よりシリーズを再開し、ニチモとタミヤの大型艦しかなかった大スケールは以降数年で旧日本海軍の主力艦艇の多くが1/350で揃う事になります。

 この他にも平成が始まった頃はキット以外の外部パーツといえばピットロードの初期の武装パーツセットくらいしかありませんでしたが、今は中華メーカーを中心に多種多様なエッチングやレジンパーツセットが出ていて、選択肢は格段に広がっています。

 また昭和時代は極一部の人々にしか知られていなかった旧海軍関係の残存資料も、平成13(2001)年のアジア歴史センターの開設による防衛研究所所蔵資料のオンライン公開や、平成17(2005)年の大和ミュージアムの開館による所蔵資料の公開などで、次第に広く知られるようになってきました。2000年代に入って特に大スケールキットの新製品が出るようになったのは、これらの資料公開も一因として有ったのだろうと考えます。

 一方でイマイは平成14(2002)年に解散、かつては海のニチモと呼ばれた日本模型も平成25(2013)年に模型部門を廃止し市場から姿を消します。旧海軍艦艇に関しては昭和時代のキットの大半に於いて「代替わり」が急速に進んだ時代でもありました。これも市場がほぼ停滞していた平成初期には全く想像もできなかった事でした。

 ニチモが姿を消した平成25(2013)年、この年より始まったプラウザゲーム「艦隊これくしょん」によって比較的年齢層が高かった艦船(の組立模型)に若い人が関心を向けるようになり、更に勢いが加速した感があります。平成が終わろうとする今は各模型誌も数ヶ月単位で艦船の特集を組み、昭和時代は5冊で打ち切られたモデルアートの艦船別冊も71冊を数えるまでになりました。

 以上が私が認識している平成時代の艦船の組立模型の流れですが、端的に表すならば「復活と躍進の30年」だったと言えます。

 平成に入る頃に今の状況が全く予測できなかったのと同様に、令和の時代がどう展開するかはわかりません。ただ進む少子化で国内の新規需要には限りがあり、旧日本海軍艦艇は海外では一般層にほとんど知名度がないことと、1/700も1/350も昭和からの代替わりと新規開拓がほぼ一巡した状況を思うと、今後は平成後半のような新製品の連続といった形は望めないかもしれません。

 ただ、特に艦これ以降に関心を持った若い方々は、かつての世代のような極一部の艦だけに関心が集中する傾向はないように見えます。今後も旧海軍艦艇に関する資料公開が進めば、アップデートする形での新製品は尽きないかもしれません。

 ともあれ、昭和の終わり頃とは隔絶の環境で次の時代を迎えられるのは何よりです。私自身は現在の製作ペースから恐らく数えるほどしか作れないと思いますし、日進月歩の素材や製作法もついてゆくのがやっとですが、少しでも形にできればと今は考えています。

 この項目は以上です。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その92)

2019–04–29 (Mon)
 前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 左舷機銃甲板上の弾薬供給所や作業員待機所を作った所まで。供給所の扉は結局全て開ける事にしました。材料や手順はこれまで述べてきた通りで特に違う所はありません。


 画像ではなかなか掴みにくいのですが、大体このような精度で作っています(手すりの歪んでいる部分は後で直しておきます)。機銃座周辺や作業員待避所にはまだ追加するディテールがありますが、それは作業が進んだ時に。



 隼鷹の製作は平成のうちに終わらず新元号に持ち越しになってしまいました。1/100海王丸が15年以上掛かっても船体すらできていない影響もあって、平成の30年間で増えた完成品は数隻。相変わらず手が遅く作っているより考えている方が多い有様ですが、これまであまり表現されてこなかった部分が形にできればとは考えています。

 以下次回。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その91)

2019–04–21 (Sun)
 年度末の関係で一ヶ月程間が開きましたが、製作は再開しています。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 引き続き、右舷機銃座下の張り出し類を取り付けていました。グレーチングと小型の張り出しの三角サポートの部分のみキットの専用エッチング、手すりはレインボーの手すり(Rb4001,3502)と入れ替え、手前の長い係船桁用の張り出しの下部サポートは0.25mm真鍮線で作成しています。


 幾つかの張り出しには上部から垂直梯子が降りています。キットの専用エッチングにもパーツはあるのですが、手すりと同様にごついのでフライホークの1.0mm幅エッチングメッシュ(FH700051)を切り出して付けています。


 垂直梯子の到達する機銃甲板上には何のモールドもありません。終戦後の解体中の写真を見てもここにハッチがあるようには見えないのですが、一応裏と合わせる形でフライホークのパーツ(FH350003)を貼っています。

 以降、機銃甲板上の弾薬供給所や艦尾6番高角砲周辺の張り出しに移ります。
 以下次回。

航空母艦龍鳳に関する覚え書き。

2019–04–07 (Sun)
 模型の資料として最も身近なものが写真集で旧海軍関係も色々出回っていますが、元が同じ写真であっても印刷の具合によってディテールが見えたり見えなかったりという事があるほか、特に注意したいのは「トリミング」で、レイアウトの関係で元写真から一部が切り抜かれた状態で出版される場合もままあります。ですから写真集に掲載されている写真が必ずしも全ての情報とは限らないという事は常に気を付ける必要があります。

 1970年代の雑誌「丸」には、額縁用ワイド写真として大判の折り込みが付いている号があり、1975年1月号には空母隼鷹の傾斜試験を右舷斜め前方から捉えた有名な写真(丸スペシャルNo.11 p8上段、学研「空母大鳳・信濃」p120上段、日本海軍艦艇写真集航空母艦・水上機母艦p104他)が掲載されていました。特に必要とも感じていなかったのですが、少し前に古書店で比較的安価で売っているのを見つけて取り寄せてみました。

 送られてきた現物を見てびっくり仰天。それは隼鷹ではなく、丸スペシャルでは白飛びでほとんどディテールがわからず、その他の書籍ではトリミングされていた艦首遠方の空母龍鳳の姿がある程度判る状態で写っていたことでした。


丸1975年1月号より

 そして仰天の後に頭を抱えました。昭和19年5月3日撮影とされるこの龍鳳の写真は飛行甲板が明らかに延伸されていません。

 空母龍鳳は昭和17年11月の竣工から終戦までの間に飛行甲板の前端を延伸しているのですが、工事時期の記録が残っていません。模型用の資料では昭和19年1月の因島と7月の呉海軍工廠の入渠工事の二つの説に割れていて、それはマリアナ沖海戦当時の龍鳳の状態がどちらかという点で模型屋的にも極めて厄介な問題でした。

 そして1月延伸説を取る根拠の一つとして、福井静夫氏の機銃現状調査表に於いて昭和19年7月10日現在の龍鳳の図が飛行甲板延伸済で艦首機銃も移設済として描かれている点が挙げられていました。龍鳳はマリアナ沖海戦の後6月末に呉に帰投、7月9日~20日まで呉海軍工廠に入渠しているため、延伸されていなければ艦首周辺の機銃配置が調査時点に於ける「現状」と合わなくなるからです。

 しかし龍鳳は写真撮影から間もなくタウイタウイに移動しマリアナ沖海戦に参加しているため、飛行甲板が延伸されていないのならば福井氏の調査表の内容と根底から矛盾することになります。



 写真と調査表のどちらがより実態に近いのか。まずこの写真の真偽を考えます。

・ここに写っているのは本当に龍鳳か
 平甲板空母のうち船型の違いから大鷹型・神鷹・海鷹は除外。千歳型も艦首と飛行甲板前端の位置関係の違いから除外できます。残るのは瑞鳳と龍鳳ですが、右舷側の配置を比較すると艦首側の高角砲と煙突の間隔が砲座分だけ開いているのが瑞鳳でそれ以上開いているのが龍鳳。そして写真は間隔が開いているので龍鳳と推測できます。


右が瑞鳳の竣工時。1番高角砲と煙突の位置関係に注意。

・隼鷹は本当に昭和19年5月3日に傾斜試験を実施したのか
 隼鷹の戦時日誌は残っていないようですが、兵術同好会発行の波涛1997年3月号に当時の内務長・桜庭久右衛門少佐の昭和19年年初からマリアナ沖海戦までの日誌の抄録が掲載されており、昭和19年5月3日付で傾斜試験を行った事が明記されています。

 5月3日
傾斜試験。10度の計画は8度で終わりしも概ね予測の効果をおさめたり。
最後に人を集め600人を利用せば0.3度傾くを発見。人の重量は大したことなきと思いたり。

 これにより傾斜試験の日付に間違いがないことがわかります。

・同日に龍鳳が背景に写る可能性はあったのか
 防衛研究所所蔵「航空母艦交戦記録行動調書」(登録番号④艦船・陸上部隊-行動調書-74)に於ける、隼鷹と龍鳳の昭和19年5月第1週の記録は以下の通り。

隼鷹
 1日~4日 平群島沖
 4日~6日 岩国沖 6日六五二空飛行隊収容
 6日~   佐伯
龍鳳
 1日~3日 平群島沖
 3日~5日 岩国沖
 5日~6日 平群島沖
 6日~7日 岩国沖 6日六五二空飛行隊収容
 7日~   佐伯沖

 龍鳳は3日は平群島沖に在泊していたものの、その日のうちに岩国沖に移動しています。この記録が正しければ隼鷹の傾斜試験中に写る可能性があり、また別のカットの写真には背景に写り込んでいない理由も推察できます。

 これらのことがらと、隼鷹の艦首両舷の増設機銃は昭和19年3月までかかった雷撃損傷修理の際に設置されたと考えられる事から、冒頭の写真は昭和19年5月3日に於ける龍鳳の可能性が高いのではないかと考えます。



 防研の龍鳳の行動記録はタウイタウイに移動した後の6月の記録が空白で何も書かれていません。しかしながら戦局が逼迫しつつあった外地で飛行甲板の延伸工事を行ったとは考えにくく、龍鳳がマリアナ沖海戦まで飛行甲板が短いままだったとすると、既に飛行甲板を延伸し艦首機銃も移設済の上から更に機銃を増設したとする福井静夫氏の機銃現状調査表は、本当に昭和19年7月10日現在またはその近辺の記録だったのか?という疑問が出てきます。

 考えられる事としては、機銃現状調査表には移設を示す記述がないので、工事予定の飛行甲板延伸とそれに伴う機銃移設を示す一般艤装図の一部改正図を「現状」とし、そこに新規に増設する機銃等を書き加えた可能性で、それでも設置状況を示すという図の趣旨には反してはいませんが、すっきりしないものは残ります。

 もっとも模型屋としては、現実問題として戦争末期の詳細な兵装図は他にほとんど存在しないので、仮に内容の一部に疑問があっても確かめる手段がなければ調査表に沿ってまとめるしかありません。ただ可能であれば上の写真のように別の史料で検討できればより確度の高いものになると考えます。

 この項目は以上です。

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MOMOKO.120%

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職業:自営業見習い
趣味:ブログの通り
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現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

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