FC2ブログ

戦艦武蔵に関する覚え書き。

2019–03–31 (Sun)
 今年になってアジア歴史センターの公開資料の中に防衛研究所所蔵の電報のデジタルデータが追加されました。元々電報は保存期間が短かったそうで戦争末期の昭和19年~20年のものが中心、他に海軍信号書や略語表なども含まれています。

 電報史料は今まで閲覧の機会がなく早速見てみたのですが、昭和19年の親展電報綴の中に気になるものがありました。

(昭和十九年)四(月)五(日)
發武藏艦長 機密第〇四二二四五番電

防空兵装強化ニ關シテハ中央トモ折衝中ナルモ呉工廠ニテハ左ノ二案アリ第二案實施<実施>ノ場合ハ入渠前ニ副砲二基陸揚ノ要アリ只今ノ處<処>四月八日入渠ノ豫定<予定>第一第二案何レニ依ラルルヤ何分ノ指令ヲ■得度

第一案揚錨機艦内修理可能ノ場合損傷復舊<復旧>工事ハ四月三十日此ノ場合機銃ノミ増備可能(但射■装置及覆塔間ニ合ハズ)揚錨機陸揚ゲ修理ヲ要スル場合損傷復舊ハ五月二十日此ノ場合機銃射■装置及覆塔ノ一部間ニ合フ

第二案高角砲ヲ増備セバ六月十日完成(但シ高射装置及■弾■装置間ニ合ハズ)

親展電報 昭和19年(4)
アジア歴史資料センター Ref.C19010006700 p22-23(No.0183-0184)
昭和19年度 親展 電報
防衛研究所史料④艦船・陸上部隊-電報-9 より

 アジ歴のデータは判読が難しい部分があり、他に東京での調べ物も溜まっていたので、少し前になりますが防研に出向いて原史料を見てきました。■は原史料でも判読ができなかった部分で、第一案の■はどう見ても撃とは読めず専に近い文字のように見えます。ここでは判読不能の文字列に関しては除外して考えることにします。



 大和型戦艦の竣工時は副砲が前後と両舷側の合わせて4基装備されていました。昭和18年末から19年に掛けて相次いで潜水艦の魚雷攻撃を受けて損傷し、その修理の際に舷側の副砲を撤去して高角砲や対空機銃を増設しましたが、19年4月~5月に掛けて工事を行った武蔵は砲台を設置したものの高角砲は増設されず、代わりに機銃を装備しただけに留まります。

 武蔵で高角砲の増設が実現しなかった理由として「高角砲の生産が間に合わなかった」と書かれている資料を多く目にします。一方で宇垣纏中将の陣中日誌「戦藻録」の以下の記述から、設置工事そのものが間に合わなかったとする解釈もあります。

(昭和十九年)四月十七日
(前略)
武藏の損傷復舊及對空砲火の增强<増強>に就ては數<数>案あるも、五月十日を目標に全兵力の集結を行ふ艦隊司令部の意嚮<意向>に基き、五月四日工事打切の事に決定其の旨機動艦隊司令部より電報せり。

 この中に出てくる「対空砲火増強の数案」が、上で述べた親展電報で呉工廠から提示された第一・第二案とすると、期限が明示されている(兵器の手配は済んでいる)事から高角砲の生産が遅れたとは考えにくく、また工事が間に合わなかったという解釈もニュアンスが少し変わってきます。

 親展電報綴にはどの案を指示したのかといった返信電は含まれていませんが、工事の状況を見れば高角砲を増設する第二案であった事は明白です。ただし既成艦船工事記録には以下のように書かれています。

昭和19年
 3月8日付 区分損傷復旧 4月3日~5月20日 予定外(手書き)
 4月7日付 区分損傷復旧 4月3日~5月20日→4日に手書きで訂正
  高角砲 機銃 哨信儀
 5月10日付 区分損傷復旧 4月3日~5月4日
  機銃 哨信儀 高角砲(今期ヤラズ)

 当初の工事終了予定とされた5月20日は電文の第一案で示された揚錨機陸揚修理の場合の見通しと同じです。つまり第二案を指示したものの、高射装置などが間に合わないために高角砲の設置はすぐに見送られ、揚錨機の修理期限を以て終了としたのかもしれません。終了日は更に4日に前倒しされますが、これも戦藻録の記述と一致します。

 しかしながら2~3月のトラック・パラオ大空襲で米軍の侵攻が加速していた状況下に於いて、対空射撃も可能な15.5cm副砲を撤去してかつ高角砲の設置を後回しにした判断自体がはたして妥当だったのか。結果的にマリアナ沖海戦の後は多少の機銃を設置しただけで、高角砲は最後まで増設できないまま戦没に至ります。

 私はこの電文を見るまでは武蔵の対空兵装の強化策は大和と同じで、ゆえにあのような中途半端な改装を強いられたのだろうと考えていましたが、副砲を残して機銃を増設する案も提示されていたとは夢にも思っていませんでした。判断に至った理由は全くわかりませんが、予備浮力の関係で大和と同等の機銃が増設できたかどうかはこの電文でもわかりませんし、後で設置が可能ならば12.7cm高角砲への換装準備をある程度進める方針も理には適っています。

 それにマリアナの戦いがあれほど一方的な結果に終わりその後の水上艦艇が輸送と敵泊地への特攻攻撃しかなくなる状況は、昭和19年春の段階では予測困難だった可能性も充分に考えられます。中途半端に撤去するくらいなら第一案を選んで副砲を残すべきだったというのは、平成も終わろうとする現在から見た結果論でしかないのかもしれません。



 親展電報でもう一つ気になる点は、工事に二ヶ月掛けても「高射装置が間に合わない」というくだりです。判読不能の装置と合わせてという事なので設置工事が間に合わないと取るのが自然ですが、高角砲台の新設込みとはいえそれほど時間が掛かるのだろうかという印象があります。確かに大戦中に高射装置を増設または換装した艦は数ヶ月掛かる大損傷の修理の際と考えられる場合が大半ですが、ならばミッドウェー海戦で空爆により損傷し航空巡洋艦に改装された最上が、その後も旧式の91式高射装置のままだった点が疑問として残ります。

 また武蔵に設置が予定されたのは大和の例から見て94式高射装置ですが、開発生産元の日本光学工業(現在のニコン)が社史で述べている生産数と実際に配備された総数がほぼ同じであるため、大戦中は需要に生産が追いついていなかった可能性も考えられます。 模型屋はついつい個々のパーツ単位で見がちですが、高角砲と高射装置はセットで捉えるべきもので、高射装置の指揮下にない高角砲は威力が大幅に低下し、それはレイテ沖海戦や沖縄特攻に於ける損傷後の武蔵や大和の戦闘経過が如実に示しています。

 大戦中に要望や改装案が練られながら各艦艇に高角砲の大幅な増設が進まなかった原因も、砲の生産より高射装置の生産や装備に時間的な余裕が無かったからではないかと考えますが、艦艇装備品の生産計画や装備に要する工数といった史料はどうもあまり残っていないらしく確証はありません。

 この項目はこれで終わりです。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その90)

2019–03–25 (Mon)
前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 年度末ということもあり、あまり製作は進んでいません。画像は広角接写のため機銃台が実際よりも手前に倒れているように写っています。画像向かって右側の蓋付きの大きな構造物は探照灯の格納所で、公式図では上面の縁に手すりが描かれていてキットにもエッチングパーツが用意されていますが、マリアナ直前の傾斜試験の艦上写真には写っていないので付けない事としました。


 前回述べた予備艦橋周辺の張り出しの下部はこんな感じです。



 上で述べたように例年と同じく年度末で色々多忙につき、製作は4月中旬頃まではあまり進まないと思います。記事の更新頻度も下がるかもしれませんが、できるだけ何か書きます。

 以下次回。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その89)

2019–03–18 (Mon)
 前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 相変わらず左舷艦首側の張り出し等を製作しています。


 右舷の艦載艇用張り出しの直上にある張り出しは、公式図上では艦首側(画像左半分)が第6作業員控所、ブルワークが付けられた艦尾側(右半分)は予備艦橋となっています。予備艦橋については他艦の公式図では赤城や葛城、翔鶴(計画図)にも同様の記載があり、飛行甲板上に塔状艦橋のある艦は反対側の舷の張り出しに同様の部署が設けられていたのではないかと考えます。

 この予備艦橋の役割ですが、KKベストセラーズの海軍艦艇史第3巻の資料編、1万トン級航空母艦艤装方針には「従羅針儀と各部との通信装置等を設けた補助艦橋を両舷に設置」とあります。これは昭和8年のまだ塔状艦橋が無かった頃の規定ですが、大枠に於いて準拠されたのかもしれません。製作では公式図に従ってグレーチングと従羅針儀を追加し、マリアナ沖海戦直前の傾斜試験の艦上写真ではブルワーク側に伝声管が2本見えるので、加工が容易なベテランモデルのレジンパーツ(VTW35032)を切り詰めて追加しています。また葛城の公式図では不鮮明ながら壁面に艦橋との通信装置が描かれているようなのでそれっぽいメーターも追加しています。

 張り出しの奥に並んでいる2本の筒状の装備は飛行甲板の固定式滑走制止装置の制動装置です。大和ミュージアムの公開資料の中に祥鳳の移動式装置の図面がある事は以前に書きましたが、前部エレベーターの直前にあった固定式の装備図も含まれていて、ディテールはこの図面に沿って作っています。

軍艦剣崎(航空母艦祥鳳)
第二滑走制止装置(固定式)装備図より右舷側周辺の状況

 基本的な仕様は以前に述べた移動式と同じで、滑走制止索の支柱から起倒用のワイヤーが張り出し上の首振滑車を通して折り返し、飛行甲板とほぼ同レベルの張り出し上に設けられた制動装置につながる仕組みになっています。

 隼鷹の場合は右舷側は艦橋前の飛行甲板上にありましたが、左舷は公式図の上部平面図に記載がなく正確な装備位置は不明です。右舷や瑞鳳の例から見て飛行甲板を見通せない艦載艇用の張り出しや艦内にあったとは考えにくく、第6作業員控所と予備艦橋が一体化した張り出し以外に置ける場所がありません。


 飛行甲板をかぶせて説明すると、ワイヤーを折り返す台形の張り出しに下側に降りる滑車があり、そこから更に滑車を通じて制動装置につながる形としましたが、スペース的にかなり無理があり全く確証はありません。ただ終戦後の写真を見てもこの近辺には他に張り出し等は見当たらないので、製作はこれで通すことにします。飛行甲板の張り出しのディテールもかなり簡略化された形で手を入れますが、詳細はそこまで進んだ時にまた述べることにします。

 以下次回。


(2019/03/19追記)
03/18にupした記事ですが、文中で祥鳳と瑞鳳を取り違えた上に瑞鳳の写真を使った滑走制止装置の説明も移動式の場所を指していました。そのため図版を公式図をトレスしたものと差し替え、本文も一部修正しています。申し訳ありません。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その88)

2019–03–05 (Tue)
 前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 製作は左舷の残っている手すりや張り出し等の取り付けに掛かっています。表現自体は右舷とだいたい同じですが、予備艦橋など右舷にない厄介な部署もあります。それはまた作業が進んだ時に。

 なお、今週末の記事更新はありません。次回は03/16以降の予定です。

 | HOME | 

プロフィール

MOMOKO.120%

Author:MOMOKO.120%
職業:自営業見習い
趣味:ブログの通り
模型の守備範囲:船
Webページ:模型の缶詰

現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

Twitter

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

カレンダー(月別)

02 ≪│2019/03│≫ 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

月別アーカイブ

2019年 06月 【4件】
2019年 05月 【3件】
2019年 04月 【4件】
2019年 03月 【4件】
2019年 02月 【4件】
2019年 01月 【4件】
2018年 12月 【3件】
2018年 11月 【4件】
2018年 10月 【5件】
2018年 09月 【2件】
2018年 08月 【4件】
2018年 07月 【8件】
2018年 06月 【5件】
2018年 05月 【3件】
2018年 04月 【4件】
2018年 03月 【5件】
2018年 02月 【1件】
2018年 01月 【4件】
2017年 12月 【5件】
2017年 11月 【5件】
2017年 10月 【5件】
2017年 09月 【3件】
2017年 08月 【4件】
2017年 07月 【4件】
2017年 06月 【3件】
2017年 05月 【4件】
2017年 04月 【4件】
2017年 03月 【2件】
2017年 02月 【3件】
2017年 01月 【3件】
2016年 12月 【5件】
2016年 11月 【5件】
2016年 10月 【4件】
2016年 09月 【6件】
2016年 08月 【4件】
2016年 07月 【4件】
2016年 06月 【3件】
2016年 05月 【4件】
2016年 04月 【2件】
2016年 03月 【7件】
2016年 02月 【4件】
2016年 01月 【3件】
2015年 12月 【4件】
2015年 11月 【2件】
2015年 10月 【3件】
2015年 09月 【3件】
2015年 08月 【6件】
2015年 07月 【4件】
2015年 06月 【5件】
2015年 05月 【6件】
2015年 04月 【5件】
2015年 03月 【5件】
2015年 02月 【4件】
2015年 01月 【6件】
2014年 12月 【5件】
2014年 11月 【5件】
2014年 10月 【4件】
2014年 09月 【4件】
2014年 08月 【5件】
2014年 07月 【1件】
2014年 06月 【1件】
2014年 05月 【3件】
2014年 03月 【1件】
2014年 02月 【1件】
2014年 01月 【2件】
2013年 12月 【1件】
2013年 11月 【1件】
2013年 10月 【2件】
2013年 09月 【2件】
2013年 08月 【2件】
2013年 07月 【1件】
2013年 05月 【1件】
2013年 04月 【1件】
2013年 03月 【1件】
2013年 02月 【3件】
2013年 01月 【4件】
2012年 12月 【4件】
2012年 11月 【6件】
2012年 10月 【2件】
2012年 09月 【2件】
2012年 08月 【2件】
2012年 07月 【2件】
2012年 06月 【3件】
2012年 05月 【4件】
2012年 04月 【1件】
2012年 03月 【2件】
2012年 02月 【4件】
2012年 01月 【9件】
2011年 12月 【8件】
2011年 11月 【6件】
2011年 10月 【14件】
2011年 09月 【8件】
2011年 08月 【5件】
2011年 07月 【6件】
2011年 06月 【4件】
2011年 05月 【4件】
2011年 04月 【4件】
2011年 03月 【1件】
2011年 02月 【3件】
2011年 01月 【3件】
2010年 12月 【7件】
2010年 11月 【9件】
2010年 10月 【9件】
2010年 09月 【10件】
2010年 08月 【11件】
2010年 07月 【6件】
2010年 06月 【4件】
2010年 05月 【5件】
2010年 04月 【5件】
2010年 03月 【3件】
2010年 01月 【3件】
2009年 12月 【7件】
2009年 11月 【4件】
2009年 10月 【1件】
2009年 09月 【5件】
2009年 08月 【10件】
2009年 07月 【3件】
2009年 06月 【5件】
2009年 05月 【9件】
2009年 04月 【2件】
2009年 03月 【9件】
2009年 02月 【7件】
2009年 01月 【9件】
2008年 12月 【7件】
2008年 11月 【9件】
2008年 10月 【4件】
2008年 09月 【9件】
2008年 08月 【9件】
2008年 07月 【11件】
2008年 06月 【10件】
2008年 05月 【11件】
2008年 04月 【10件】
2008年 03月 【10件】
2008年 02月 【14件】
2008年 01月 【15件】
2007年 12月 【16件】
2007年 11月 【15件】
2007年 10月 【15件】
2007年 09月 【15件】
2007年 08月 【16件】
2007年 07月 【15件】
2007年 06月 【15件】
2007年 05月 【17件】
2007年 04月 【15件】
2007年 03月 【15件】
2007年 02月 【14件】
2007年 01月 【16件】
2006年 12月 【16件】
2006年 11月 【15件】
2006年 10月 【16件】
2006年 09月 【15件】
2006年 08月 【15件】
2006年 07月 【17件】
2006年 06月 【13件】

ブログ内検索

リンク

RSSフィード

ブログランキング

気に入っていただけましたら
押して頂けると励みになります

AD banner

楽天で探す
楽天市場