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空母瑞鳳に関する覚え書き(補足)。

2018–07–31 (Tue)
 前回の続き。

 昭和17年12月の龍鳳とされていた写真が18年末~19年頭の瑞鳳の写真とすると、一つ厄介な問題が残ります。当該の写真は飛行甲板の前端が延伸されてないので、一般的に18年頃と言われている延伸時期と矛盾します。もし行動記録にある19年2月の入渠後に横須賀に寄港した際の撮影とすれば、マリアナ沖海戦に於ける瑞鳳は飛行甲板が延伸されていなかった可能性すら考えられます。

 これに関してはもう一つ引っ掛かる史料があります。福井静夫氏がまとめた機銃等現状調査表で、瑞鳳の艦型図は飛行甲板が延伸前の状態として描かれています。機銃等の設置状況を示すのが目的なので艦型図に厳密性を求める必要はなく、延伸前の図面を流用した可能性もありますが、瑞鳳に関しては19年7月10日の調査時点で飛行甲板が延伸済ならば、艦首の機銃の設置状況が実態と合わなくなります。

 マリアナの決戦を前に艦上機の高性能化に対応して延伸された可能性については、延伸前の瑞鳳の飛行甲板の全長は180mで千歳型と同じ、かつマリアナ沖海戦に於ける攻撃隊の数は川崎まなぶ著「マリアナ沖海戦」に依れば瑞鳳も千歳/千代田もほぼ同じなので、攻撃の実態を以て飛行甲板の延伸を示すことにはなりません。

 実際のところは写真も改装訓令も残っていないので、マリアナ沖海戦の瑞鳳の飛行甲板に関しては推測の域を出ません(同様の問題は龍鳳にもあります)。模型を作る際には割り切って作るしかありませんが、他の空母と同様に判断材料が極端に乏しいのがつらいところです。

 この項目は以上です。

空母瑞鳳に関する覚え書き。

2018–07–29 (Sun)
 光人社の写真日本の軍艦4巻 p77(丸スペシャルNo.38日本の空母II p18)に、上空から撮影された龍鳳と説明のある2枚の写真が掲載されています。先日の瑞鳳の艦尾機銃座の話に関連して、この写真の解釈について質問を受けたので考えるところを書いておきます。
写真日本の軍艦4巻 p77
(丸スペシャルNo.38日本の空母II p18)掲載の二枚の写真より
(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 この上下2枚の写真を比較すると、(1)(2)で示すように後部エレベーターの位置が異なります。また機銃配置も龍鳳の図面とは異なり、下の写真は明らかに違う艦です。

 当時龍鳳とシルエットが似ていた艦として祥鳳型が挙げられます。上空から見た場合の最も大きな識別点は後部エレベーターの位置で、両舷側に張り出した飛行機着艦標識寄りの艦尾側にあるのが龍鳳、3,4番高角砲より艦首側にあるのが祥鳳型です。


 従って該当pの下の写真は祥鳳型と考えられます。舷側や艦尾に機銃が増設されているように見えるところから、珊瑚海海戦で沈んだ祥鳳ではなく瑞鳳のようです。

 海軍艦艇史第三巻の記述によれば、下の写真は古川明少佐が昭和17年12月上旬に浦賀水道付近で撮影したものとあります。しかしながら当時瑞鳳は南太平洋海戦の損傷修理で佐世保工廠に入渠中で、浦賀水道に姿を現すことは物理的に不可能です。従って解説の撮影時期も誤っていると考えられます。

 古川少佐は館山航空隊を経て特設水上機母艦君川丸の飛行長を務められた方で、北方水域に於ける君川丸の鮮明な写真や、昭和19年2月にサイパンから回航中に横須賀沖で損傷していた艦首が折れて立往生した空母雲鷹の上空写真の出所はこの方に依るものです。回想記を元に詳しい経歴を列記します。

昭和16年11月 館山航空隊分隊長
昭和17年12月 水上機母艦君川丸飛行長
昭和18年10月 第四五二航空隊飛行長(館山~大湊)
昭和19年12月 第六三四航空隊飛行長(マニラ)

別冊丸14北海の戦い「特設水上機母艦君川丸と北方作戦」より

 これと瑞鳳の行動記録を合わせてみると、古川少佐(館山、四五二空)が浦賀水道で瑞鳳を撮影可能だったのは昭和17年9月末の横須賀入出港と、18年11月~19年3月のトラック-横須賀間の輸送任務のどちらかです。上に挙げた写真では艦尾の機銃座は不鮮明でわかりにくいのですが、昭和19年時と同じく機銃2基設置で中央に射撃指揮装置があるようにも見え、17年のソロモン海域の艦尾とは違って見えます(左舷の機銃は共に増設済のようです)。従ってこの写真は昭和18年11月~19年3月の間に撮影されたものではないかと考えます。

写真日本の軍艦4巻より
左:昭和17年ソロモン海域、右:上記写真拡大

 しかしながら、もし該当の写真が18年末~19年初めの瑞鳳とすると、模型屋にとって非常に厄介な問題が残ります。長くなるので以下次回に(数日内に更新します)。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その62)

2018–07–22 (Sun)
 前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 艦尾の機銃台がやっと形になりました。以前に書いたように機銃台の上の構造物は南太平洋海戦当時は兵員待機所ではなく他の機銃座と同じ弾薬格納所としています。ブルワークはプラストライプの2.0mm幅で付け直し、側面の手すりはキットの専用エッチングをそのまま使いますが、一段高いリールフラットの周辺は龍鳳と同じく手すり無しとします。

 ブルワークの内側に並んでいる計器状のものは機銃用通信機という名前以外に何もわからない装置で、大鷹の被雷損傷や隼鷹・瑞鶴の艦橋背後の機銃と一緒に写っている写真があります。隼鷹のこの部分に装備されていたという資料はありませんが、空母の模型で付けている作例をほとんど目にしないので付けました。これは管制非管制に関わらず空母の全ての連装機銃に付帯する装備ではなかったかと考えていますが、詳しくは後でまた述べます。


 右舷側の舷梯用フラットも作って取り付けます。フライホークの舷梯用エッチング(FH350015)を加工してそれらしく作っています。



 艦尾のまとめがほぼ終わり、当初はここで一旦船体にサフを吹いて表面の荒れを調整するつもりでしたが、今年は7月から連日の異常猛暑で、早朝であっても船体を振り回してラッカーサフが吹ける状況にはありません。そのため、暑さが収まるまでは未製作の小物を作りつつ、飛行甲板や艦橋の製作に取りかかります。

 以下次回。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その61)

2018–07–15 (Sun)
 ツイッターで触れた話ですが、ここにもまとめて書いておきます。



 前々回の記事で飛鷹の艦内側面図について触れました。一般的に艦内側面とは前後方向の中心位置に於ける構造を示すもので、この時の飛鷹の艦尾機銃座が昭和19年の隼鷹と同じく機銃2基設置で中心に射撃指揮装置がある形態ならば、艦内側面で書かれるのも指揮装置になるはずです。しかしながら図面ではそうはなっていません。

空母飛鷹一般艤装図 艦内側面より艦尾周辺の状況
(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 しかもこの図面では(1)で示すように機銃台の支柱に中心線が描かれています。つまり支柱が中心位置にある事を示し、機銃も2基設置ではなく1基しかない可能性も考えられます。しかしながら(2)では機銃台のブルワークが支柱位置で折れている事を示しています。これを厳密に解釈すれば凹型の平面型に1本または三本支柱となりますが、19年の仕様からは違和感があります。

 この図面は一般艤装図の完成図と題されてはいるのですが、細部があまり描かれていないトレス図で、描き漏れや誤りの可能性は考えられます。ただし、昭和17年後半以降に撮影されたとされる瑞鳳の写真では、艦尾機銃座は19年時とは異なり射撃指揮装置が見当たらない上に機銃も1基しか設置されていないように見えるので、隼鷹/飛鷹も19年時と異なっていた可能性も充分に考えられます。

写真日本の軍艦4巻より

 本製作に於いては昭和17年11月に完成した龍鳳の艦尾機銃が射撃指揮装置付きの2基設置である事や、8月末に出た春日丸(大鷹)の機銃増設訓令が同様の内容であること、隼鷹/飛鷹の南方への出撃が17年10月頭と他艦より遅かった事、加えて模型として見た場合に艦尾機銃が1基では強い違和感か残る事などから、艦尾の機銃座は19年と同じ指揮装置付きの機銃2基と判断していますが、直接裏付ける資料はありません。

 模型の場合はどこかで線引きしなければ完成しないので最後は感覚で割り切るしかないのですが、もやもやが残るのは辛いところです。




 製作はキットの艦尾機銃座の部品のモールドを一旦削り落とし、平面型を修正してブルワークと裏側の補強材を付けたところまで。補強材は主にレインボーの穴あき三角板(Rb7015,3518)と角形に組み合わせができる穴空き帯板(Rb7004)から成ります。例によって紙細工の如きペラペラの真鍮板なので綺麗にはできていませんが、完成後はほとんど見えなくなる裏面なのでこれで通します。

 機銃台にもう少し手を加えた後に艦尾のまとめに入ります。
 以下次回。

隼鷹型航空母艦に関する覚え書き(12)補足

2018–07–12 (Thu)
 以下は「南太平洋海戦時の隼鷹」の主題から外れる事なので補足として。



 戦争後半になると、航空母艦の艦尾には兵員待機所が設置されるようになります。前回の記事で述べた空母龍鳳も戦後の写真では機銃座の上に構造物が設けられ、図面上で示されたリールフラットは見当たりません。

写真日本の軍艦4巻より
(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 隼鷹も同様に大きな構造物が設けられます。

いずれも写真日本の軍艦4巻より

 上の昭和19年12月雷撃損傷後の写真や下の終戦後の写真を見る限りでは、構造物は機銃座の幅一杯まであるように見えます。ハセガワ・タミヤ・フジミのキットはいずれも間隔が開いていますが、この見方が正しいのなら修正の必要がありそうです。

 隼鷹の構造物はリールフラットをほぼ占めているようにも見えます。スペース的にリールを置くのは困難に思えますが、リールフラットが無くなっている龍鳳と同様に他の場所に移設した跡が見当たりません。

 ゆえにハセガワ・タミヤ・フジミの隼鷹のキットはいずれも艦尾にリールの表現が全くありません。大鷹型のように公式図上も被雷損傷時の写真からも艦尾上にリールが一切見当たらない艦も存在しますが、少なくとも竣工時の公式図にはリールフラットが描かれていたのですから、無くても支障がなかったとは考えられません。曳航用のワイヤーはともかく、何らかの形でホーサー=係留索が用意されていなければ岸壁に係留できないからです。

 この製作では戦争後半は対象外なのでリールも無いように見えるより先は検討しませんが、引っ掛かる部分ではあります。

 この項目は以上です。

隼鷹型航空母艦に関する覚え書き(12)

2018–07–10 (Tue)
 隼鷹竣工時の公式図では、艦尾甲板にリールフラットが描かれています。

空母隼鷹一般艤装図 艦内側面より艦尾周辺の状況
隼鷹型のフレーム番号の付け方は商船式で軍艦とは逆です(艦尾→艦首)。
また艦尾垂線(AP)より後方のフレームはアルファベットで記述されますが、
“I”は使用されません(H,Jの順)。
(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 航空母艦の艦尾のリールは飛龍や翔鶴型のように艦尾甲板の上に短艇甲板がある艦ではそこに、また千代田では機銃座より艦首側の艦尾甲板上に設置されていました。しかし隼鷹型は短艇甲板が無い上に艦尾甲板に設置スペースがほとんど無く、ゆえにこのような専用のフラットを設けたと考えられます。他には昭和17年11月に竣工した龍鳳がリールフラットを設置していました。

空母龍鳳一般艤装図 機銃甲板平面及び舷外側面図より
艦尾周辺の状況

 龍鳳は艦内側面や諸要部切断図がないのでリールフラットの正確な高さはわかりませんが、機銃弾薬供給所内部の揚弾筒が描かれている事から、その天蓋よりやや下の位置だったのではないかと考えます。

 一方隼鷹は艦尾甲板と飛行甲板の間隔が極端に狭く、リールフラットとは別に機銃座を設ける事は物理的に困難だったようで、その底面を艦尾方向に伸ばす形で機銃座が設置されました。この銃座については飛鷹の昭和18年6月14日出図の艦内側面図(写真日本の軍艦別巻図面集で隼鷹として描かれているものと同じ)に、断面形が描かれています。

空母飛鷹一般艤装図 艦内側面より艦尾周辺の状況

 これを見る限り、銃座設置当初の構造物は兵員待機所ではなく「弾薬格納所」で、舷側の機銃座に設けられていたものと同等のものではなかったかと考えられます。図面上の格納所の奥行は舷側銃座のそれとほぼ一致します。

 しかしながら図面では中心位置での区画範囲を示す×が描かれています。弾薬格納所の文字も原図では区切られた範囲の中ではあるのですが、×の中寄りに書かれています。×の右側端の区画線をトレスし損ねた可能性が考えられますが、原図では×は他より薄く消えそうな線で描かれているので、有効なものなのかという疑問もあります(同様の理由で上の図は元から拾っていない線もあります)。非常に判断が難しいことがらですが、元々のリールフラットを残した上で他と同等の弾薬格納所を設ける方が合理的に見えるので、この製作ではそのように作ることとします。

 まだ続きがあります。以下次回。
 (数日内に更新します)

隼鷹型航空母艦に関する覚え書き(11)

2018–07–08 (Sun)
 隼鷹型航空母艦でよくわからない事の一つに、艦尾機銃座の正確な仕様があります。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 一部に出回っている隼鷹の昭和19年時の公式図に舷外側面図と機銃甲板平面図が含まれていないのが大きな理由のようで、上の画像左のハセガワ1/350と右のタミヤ1/700では平面型も甲板上の構造物の形も異なっています(近年発売されたフジミ1/700はタミヤに近い形です)。私も断定できる資料は持っていませんが、製作に当たって有る物の中から少し考えてみる事にします。

 まずハセガワの平面型で気になるのが側面が三角状に切り込まれている部分。これはキットを製作された方なら判ると思いますが、左舷側については艦尾の指定位置に応急舵を付けると、直上の機銃座の側面形が直線か近い形では応急舵の上端がつかえて出し入れが困難になります。

学研「空母大鳳・信濃」より

 この昭和19年5月の傾斜試験中の写真からも、機銃座の左舷側が応急舵(艦尾甲板舷縁部)に沿って切り込まれている事がわかります。

 しかしながら、少なくとも隼鷹は右舷側に応急舵を装備した事は無かったと考えられる(取付具は左舷側にしか見当たらない)ため、ハセガワの解釈のように右舷側も左舷と同じような切り込みを入れる必然性は考えにくいものがあります。

写真日本の軍艦第四巻より

 終戦後に撮影された写真を見ても、(1)の左舷側の機銃座には上からの光によって側面に切り込みが入っているのが判るのに対し、(2)の右舷側にはそれが認められません。従って右舷側はタミヤ/フジミのように直線に近い形状ではなかったかと考えます。なお、ハセガワの機銃座は飛行甲板支柱の背面にかぶさる形になっていますが、上の写真(3)の部分を見ると左右両舷共に支柱の側面にしか接していない事がわかります。

 また、他艦の状況などから艦艇に応急舵が設置されるようになったのはソロモン海戦の戦訓を反映した昭和18年以降と考えられるため、本製作の設定時期である南太平洋海戦当時は左舷側の切り込みも無かったのではないかと判断します。

 これらの事をまとめたのが以下の画像です。


 明確な裏付けに乏しいので推定ですらない推測止まりですが、平面型は一応このような解釈で作る事にします。

 長くなるので以下次回。
 (数日内に更新します)

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その60)

2018–07–01 (Sun)
 前々回の続き。

写真日本の軍艦第四巻より
(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 まず、艦尾右舷側の舷梯最上段について後方から撮影された写真に見えない事から取り外し式ではないかと書きましたが、その写真に於いても写っている旨、御指摘がありました。更に拡大して見てみたところ、大変不鮮明ではありますがそれらしいものが写っているように見えます。他にも終戦後の右舷正横から撮影された写真にも下部サポートの付いた張り出しが写っている事から、右舷側については固定式として製作する事にします。




 製作は艦尾側の側壁を建ててモールドを追加したところまで。右舷機銃座から回り込んでくる通路は左舷側に艦載艇揚げ降ろし用のウインチ(E5,6)が付きます。通路共々塗装の関係でまだ接着はしていません。


 ウインチはそれ単独で動作するものではなく、近辺に操作盤があります。珊瑚海海戦に於ける翔鶴の損傷写真が有名ですが、天城の戦後解体中の写真にも写っているものがあります(写真日本の軍艦3巻p239上段)。キットには部品がないので翔鶴の写真を参考にそれらしく作り、背後の壁面にも機器類を付けています。操作盤の位置は竣工時の右舷側面図と船内側面図からの推測ですが、戦後の写真では通路の形状も含めて位置が違う可能性があります。これは飛行甲板などの支柱を取り付けた後にまた触れます。

写真太平洋戦争第三巻(光人社刊)より

 左舷側の発動機試験場の周辺は写真が残っています。キットでカーテン状のモールドが付いているのが発動機の搬入口で、その奥に調整所があります。ここは(1)の外板継ぎ目付近が天井で、その上は倉庫になります。

 それで、公式図上では調整所の上部に運搬軌条があり、搬入口を通して外部の軌条とつながるように描かれているのですが、公式図の断面図や実艦写真(4)で示されているように搬入口の高さが天井位置よりかなり低いので、公式図通りであるならば壁面をレールが貫通しているか、もしくは搬入口の高さまでレールが吊り下げられていない限り搬入搬出はできませんが、写真からはそのようには見えません。写真がある以上そう作るしかありませんが、公式図が実際と異なるのかそれとも特殊な仕様なのかは不明です。

 写真の奥側の壁面には踊り場とドア(5)が見えます。この近辺は天井が(2)の位置にあり、上側は起倒式クレーンの電動機室になっています。キットは張り出しだけで(3)のドアのモールドが無いので、他と同様にエッチングで追加しておきます。

 また上の写真は撮影が昭和17年12月31日という事ですが、(6)の人物が寄りかかっている所に小発動艇らしき物体と搬出用のレール?が写っているようにも見えます(標準装備の13m特型運貨艇や12m内火ランチはここには物理的に置けません)。写真の撮影位置が公式図上では8m内火ランチの装備位置である事から一時的に移動したとも考えられ、この時期の隼鷹に小発搭載の裏付けはないので模型でも再現はしませんが、気になる部分ではあります。

 以下次回。

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MOMOKO.120%

Author:MOMOKO.120%
職業:自営業見習い
趣味:ブログの通り
模型の守備範囲:船
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現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

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