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ハセガワ1/350隼鷹を作る(その49)

2018–03–25 (Sun)
 3回前の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 製作は舷側のジャッキステイとモンキーラッタルの取り付けに掛かっています。既に右舷側は艦尾を除いて終わり、左舷側に取りかかったところです。艦尾は船体左右を組み立てた後に残っている外板表現などと共に仕上げます。

 ジャッキステイは あらかじめ船体に0.2mmで開けた穴にジョーワールドの通し穴付きピン(JPE999)を差し込み、先日発売になったインフィニモデルの0.15mm真鍮線を通して製作します。手順は単純ですが、数が十~百本単位なので手間はかかります。特定のピンが変に浮いたり沈んだり曲がったりしないこと、真鍮線のラインがよれたり沈んだり浮いたりしない事などに気を付けて作業します。


 モンキーラッタルはこんな感じになります。スケールを問わず表現が非常に難しい装備品の一つで、水平垂直の並びが綺麗に出るかがポイントになります。加えて1/350では画像のように先端を下に曲げますが、このスケールであれば曲げないままの取り付けよりも上下の並びのバランスが取りやすいように思います。

 左舷の船体は工作時の不手際で艦首の先端が欠けていますが、これは船体組立後に復旧します。
 以下次回。

隼鷹型航空母艦に関する覚え書き(10)補足

2018–03–20 (Tue)
 前回の隼鷹の写真に関する記事について、「①の日本ニュースの艦橋の映像は飛鷹のものではないか?(ならば②の乗員の整列写真は写真日本の軍艦の説明通り17年まで遡れる)」という指摘を受けました。結論から書くと日本ニュースの映像は隼鷹で間違いなく、よって整列写真は見張所の有無から18年春以降の撮影と考えています。この事について少し補足します。

③写真日本の軍艦第四巻より(前回②と同じ写真)
④日本海軍艦艇写真集航空母艦・水上機母艦より
(この画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 昭和18年頃の隼鷹と飛鷹の艦橋部の識別点として、まず信号檣上の見張所の有無、それと煙突左舷側側面の2kw信号灯の位置が挙げられます。信号灯については竣工時は両艦共に煙突の中部に付けられていましたが、隼鷹③は17年中に上のフラットに移設されています。対して飛鷹④は昭和18年10月7日の時点で移設はされていません。


日本ニュース第145号より

 そして日本ニュースの映像⑤を見ると、元の取付フラットに2kw信号灯が映っていないので既に移設されているようです。従ってこの映像は飛鷹ではなく、艦橋信号檣の見張所は昭和18年春以降に設置されたものと考えられ、それが写っている乗員の整列写真も春以降の撮影のようで17年には遡れません。

 なお元の信号灯の取付フラットは昭和19年マリアナ沖海戦直前の傾斜試験の写真では撤去されているように見えます。従って厳密を期するのであればハセガワ1/350の説明書過程(40)右側の図のQ14+G10は共に取り付けず、取り付け用の凹みもふさぐ必要かあります。



 隼鷹の撮影時期がはっきりしない写真の中でも特に判断に悩むのが乗員の整列写真で、丸2010年11月号にこれと艦橋の状況が酷似している閲兵式の写真が掲載されていますが、それには二式哨信儀の全受器が写っています。つまり一連の写真と考えたとき、二式哨信儀の艦船への配備は18年夏以降なので、整列写真も18年後半まで絞り込めることになります。隼鷹の高射装置の換装を雷撃損傷修理の18年冬以降と考えていた理由ですが、同年夏撮影とする昭和船舶史の写真はこれと完全に矛盾するものです。

 この製作に於いては整列写真は18年の春以降という事で設定時期の南太平洋海戦までは遡れないので、参考の扱いにしかなりません。隼鷹の模型についても18年に限定して作る方はまずいないでしょうから、整列写真の厳密な撮影時期や高射装置の正確な換装時期が不明でも影響はありませんし、判定を下すのも模型屋の領域ではありません。しかしそれでも何か引っ掛かるものは残ります。

 この項目は以上です。


隼鷹型航空母艦に関する覚え書き(10)

2018–03–18 (Sun)
 前回の記事で、「左舷4.5m測距儀基部の艦首側の開口部の用途がわからない」と書きました。その後有り難いことに、係船桁の展開索の滑車が開口部の脇にあり、索を内部に引き込むように描かれている図面があるので、ここは係船桁の操作所ではないかという御指摘がありました。

ハセガワ1/350キット付属の張線図より
(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 右舷側には係船桁(青矢印)の直後に「曳船作業用」というフラットがあります(赤矢印)。左舷側にも係船桁の真上にフラットがありますが、右舷の1/4程の大きさしかありません。大きさが違うのは気になっていましたが、係船桁の作業所が4.5m測距儀基部の艦首側の開口部(緑矢印)にあるのならば、この程度の大きさで支障はないのかもしれません。



 それと、以前「昭和18年の隼鷹の全景を写した写真が見当たらない」と書きましたが、毎日新聞社刊「一億人の昭和史別冊・昭和船舶史」に昭和18年夏にトラックで撮影された写真が載っている旨、御指摘がありました。昭和船舶史はよく知っている資料ですが、当該の写真についてはすっかり失念していました。

一億人の昭和史別冊・昭和船舶史(毎日新聞社刊)より

 この写真について、艦首の機銃座がまだ設置されていないので昭和19年より前、そして艦橋前の機銃増設に伴う張り出しが写っている事から17年8月より後、かつ艦橋の信号檣に見張所が写っているので飛鷹の写真ではありません。時期は18年で間違いないようですが、艦橋前の91式高射装置が明らかに写っていないので4.5m測距儀は94式高射装置に換装されているように見えます。

 南太平洋海戦以降、マリアナ沖海戦までの隼鷹の工事記録は以下の通りですが、

昭和18年
02月21日~03月15日 一般整備
07月26日~07月31日(行動記録に依る、既成艦船工事記録には記載なし)
11月06日~昭和19年03月15日 損傷修理、電探、消火装置、機銃
昭和19年
04月15日~04月21日 一般整備
いずれも呉海軍工廠

 昭和船舶史の説明通り18年夏にトラックで撮影された写真とすると、行動記録から隼鷹がトラックに在泊していたのは18年3月24日~7月19日の期間で、それ以降は9月24日まで間が開きます。そしてトラックで7月に既に高射装置が94式に換装されていたとすれば、工事は2月21日~3月15日の呉海軍工廠入渠が直近です。今まで高射装置の換装時期は18年末~19年頭の雷撃損傷修理の際と考えていましたが、それより1年近く遡る事になります。

①日本ニュース第145号(昭和18年03月16日公開)より
②写真日本の軍艦第四巻より

 しかしながら、もし隼鷹の高射装置の換装が18年春とすると、上に挙げた昭和18年1~2月頃と考えられる日本ニュース第145号の映像①(艦橋の信号檣の見張所が無い)と、昭和18年以降と考えられるシールド付き4.5m測距儀が写っている乗員の整列写真②(見張所が有る)との整合性が取れなくなります。つまり①を正とすると見張所の設置と高射装置の換装が同時になるので②の状態が成り立ちません。

 撮影時期が夏ではなく9月24~29日または10月19~31日の在泊期間に撮られたもので、7月26~31日の入渠の際に高射装置を換装したとすれば上記の①②の画像にもつじつまが合いますが、今度は高射装置のような精密機器の換装がはたして6日で可能だったのかという疑問が出てきます。写真の解釈のいずれかに誤りがある可能性が考えられますが、現状で確かめるすべはありません。昭和船舶史の写真から確実にわかるのは「隼鷹の高射装置の換装は艦橋信号檣への見張所の設置より後で、かつ艦首の機銃座増設よりも前」という事だけです。

 模型を作る上で必要なのは設定時期(南太平洋海戦)の状態で、外形の変遷や艦歴を調べるのは模型屋にとって設定時期にあるものとないものをより分ける手段でしかありませんが、一枚写真が出ただけで理解ががらりと変わってしまうのが、正確な改装記録が残っていない艦の難しいところです。

 昭和船舶史の写真からは他に右舷1番高角砲下のサポートにカバーがまだ付けられていない事がわかります。従って南太平洋海戦でも同様だったと考えられます。また竣工時は主檣上にあった高声器は既に移設されているようです。

 この項目は以上です。
 後半の話には補足があります(数日内に更新します)。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その48)

2018–03–11 (Sun)
 前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 左舷後部の4.5m測距儀基部の処理。この付近の構造については海に憧れる山猿さんの解説がありますのでそちらを。キットの部品(J44)は下部の支柱まで一体成形されたモールドなので、裏側を削って肉厚を薄くした上で開孔部を切り抜き、プラ板で側面と同じ形の支柱を製作して取り付けます。支柱部を全て削って作り直す方法もありますが、バランスを取るのが難しくかつ目立つ部分なのでこのような形を取ります。それほど複雑な形状ではないのでここは丸ごとエッチングパーツが欲しかったところです。


 この基部には通路があり、艦尾側は高角砲座に連なっていますが、艦首側(上画像左側)は開口部から先がありません。公式図上でもそうですし、戦後の写真では扉が付けられてはいますが、これは後から付けられたもののようです。

 どこにも行けずどこからも入れない、いわゆる建築で言うところのトマソン的な部分は大型艦をよく検討すると時折現れてきます。この開口部はすぐ脇に小型の通気口があり、それはマリアナ沖海戦直前の傾斜試験の写真にも写っているため、元々あった張り出しや梯子が撤去されて開口部だけが取り残された形ではないようです。そもそも内部に上に登る梯子があるのならば、わざわざ外側に梯子を設ける意味がありません。この開口部の用途は全く不明です。


 内部の梯子については上部平面図にハッチが描かれていて、戦後解体中の写真でも確認できるため、そこに続く形として処理しています。測距儀や91式高射装置については使用する部品がまだ確定していないので後回しにします。

 この4.5m測距儀基部は左舷主機械室吸気口に覆い被さる形で、しかも吸気口の一部がはみ出ています。物凄く「やっつけ」感がある構造で、戦争末期ならまだしも開戦前から建造していた艦にしてはあまり日本海軍らしさがありません。竣工時からこの場所にあったのは上部平面図から間違いないのですが、ひょっとしたら当初は別の位置に計画されていたのかもしれません。

 これで両舷側の吸気口等の復旧が一通り終わったので、次はモンキーラッタルとハンドレールの取り付けに掛かります。
 以下次回。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その47)

2018–03–04 (Sun)
 2月は月末までずっと多忙で、3月に入ってやっと抜けたら今度は反動からか体調を崩し、従って製作はこの間ほとんど進捗がありませんでした。ただし、例年は3月中旬から一ヶ月程度ブログを止めていましたが、今年はそれをしなくても済みそうです。
 この間頂きましたコメントにつきましても、追って返信することにします。



(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 他の甲板等と接続しない構造物の下側にサポートを付けます。三角形の穴空きサポート材はエッチングをかなり無理に切り詰めて使用されている作例を見る事がありますが、個人的には1/350ならばプラ板で作った方が数量やサイズ、特に穴の位置関係で無理が来ないのではないかと考えます。ここではエバーグリーンの0.25mmx1.0mmとx2.0mmを組み合わせて作っています。注意すべきは穴の位置を揃えることで、ここが揃っていれば綺麗に見えます。

 以下次回。

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MOMOKO.120%

Author:MOMOKO.120%
職業:自営業見習い
趣味:ブログの通り
模型の守備範囲:船
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現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

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