隼鷹型航空母艦に関する覚え書き(1)の訂正について。

2016–09–28 (Wed)
 先日書いた隼鷹型航空母艦に関する覚え書き(1)の中で、

行動記録も既成艦船工事記録でも飛鷹が工廠に入渠したのは18年秋が最後なので、ひょっとしたら飛鷹はマリアナ沖海戦の最終時まで(4.5m測距儀と91式高射装置)組み合わせだったのかもしれません。

 と書きました。その後、マリアナ沖海戦当時に飛鷹副長だった志柿謙吉氏の回想録「空母「飛鷹」海戦記」(2002年光人社刊)を読み、昭和18年11月~19年1月のトラックへの飛行隊輸送の後に呉で入渠工事を行った旨の記述がありました。

 それで両資料を改めてチェックしたところ、既成艦船工事記録には18年秋以降、二回記録があったのを見落としていました。

期間 昭和19年3月11日~25日、同4月15日~21日
いずれも呉工廠、工事区分一般整備、予定外(印刷の後から鉛筆で追加記入)
内容に関する記述は無し

 志柿氏の記述では訓令工事がかなり溜まっていたとの事で、作業の要点は左側の空所へのバラスト補填と便所の逆流対策、缶室隔壁の補強で高射装置については述べられていませんが、3月分は工事期間が2週間とやや長いのでこの関に換装した可能性は否定できません。従って記事の該当部分は削除とします。確認が不十分ですみませんでした。

隼鷹型航空母艦に関する覚え書き(3)

2016–09–21 (Wed)
 前回の続き。

 大和ミュージアムの飛鷹の図面には上部平面や機銃甲板平面図は含まれていないので、左舷側の91式高射装置の設置位置はこの資料からはわかりません。

 赤城の設置例を見ると、測距儀と高射装置の位置関係は、水平方向にはあまり離れてはいません。それを考えた場合、隼鷹型の左舷側の設置位置は測距儀のすぐ艦首側の張り出しが最適のように思われます。隼鷹の竣工時の図面ではここに縦横の変角率測定器が描かれています。

 しかしながら、この場所には直上に作業員控所があるので、仮に高射装置を装備するとすればその分張り出しを側面方向に突き出す必要があります。ところが、隼鷹のマリアナ沖海戦直前や戦後の解体中の写真では、この部分の形状は竣工時の図面と同じように見えます。

 別の場所なのだろうかと戦後の隼鷹の写真を細かく見てゆくうちに、左舷側を撮影した写真で当の張り出しの下側の三角サポートが途中で切断され、ブルワークも後から付け直した跡がある事に気が付きました(赤矢印)。すなわち、この部分は以前はサポートの長さだけ側面(写真では手前)側に出ていた事を示しています。


学研「空母大鳳・信濃」 p139より

 明確な装備写真がないため100%の確証はありませんが、単装機銃装備のためにこの張り出しを突き出したり戻したりという事は考えにくく、隼鷹に関しては94式高射装置に換装されるまでここに91式高射装置が側面に張り出す形で装備され、その後の撤去に伴い張り出した部分も撤去されて竣工時の形状に戻したのではないかと考えます。戦後の写真を子細に見ても、この部分以外に装備されたような跡は見当たりません。

 またこの写真からは、94式高射装置の支柱のサポートと外板の一部が同じように切り貼りされている姿が見えます(青矢印)。マリアナ沖海戦直前に撮影された写真では既にこれと同じように写っているため、それ以前に何か装備があったものと思われますが、詳細は不明です。 老猿さんのブログ「海に憧れる山猿」の記事で、公式図上でこの部分に通路を描き込んだ跡があるとの事で、設置時期と用途はわかりませんが、それだろうと考えます。これはマリアナ沖海戦直前の傾斜試験中の写真では撤去されているように見えます。

 これらのことがらをまとめたのが以下の図になります。

隼鷹型航空母艦の左舷側高射装置の設置状況(推測)
(この画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 艦橋前の4.5m測距儀に付いていた8cm高角望遠鏡の張り出しはマリアナ沖海戦までに撤去されたようですが、左舷側の張り出しは上の写真が示すように終戦後まで残りました。従って高角望遠鏡も残っていた可能性がありますが、これも詳細は不明です。

 91式高射装置を装備していたと考えられる時期で、この部分が明瞭にわかる写真や図面が手元に無いため、今ひとつ確信が持てない推測ですが、現状ではこれ以上確かめようがありません。南太平洋海戦当時の隼鷹は一応この仕様で作るつもりです。

 この項目はこれで終わりです。
 なお、今週末の記事更新はありません。次回は10/01以降の予定です。


(10/19追記)
 記事を書いた後に、老猿さんのブログ「海に憧れる山猿」に於いて公式図を再検討された結果として、91式高射装置のより正確な設置状況と4.5m測距儀前の通路の存在が示されました。これに伴い図の一部と記事本文を修正しています。

隼鷹型航空母艦に関する覚え書き(2)

2016–09–19 (Mon)
 前回の続き。

 飛鷹の一般艤装図の舷外側面をよく見ると、4.5m測距儀の周辺にある8cm双眼鏡用の張り出しと下側のサポートの形状が、隼鷹の竣工時の図面とは明らかに異なっています。

赤:飛鷹一般艤装図 舷外側面
黒:隼鷹一般艤装図 舷外側面

 大和ミュージアムの飛鷹の図面には上部平面図が含まれていないので、この部分の正確な形状はわかりませんが、サポートの向きから飛鷹のこの部分の張り出しは隼鷹よりも右舷側に向いていたのではないかと考えます。

飛鷹 舷外側面による推定上面図(赤)



 前回の記事で飛鷹の4.5m測距儀にシールドが付いている写真について書きました。同様の写真は隼鷹にも存在します。


写真日本の軍艦第4巻p8より

 写真③は説明では昭和17年頃と書かれていますが、老猿さんのブログ「海に憧れる山猿」でも考察されている通り、私も昭和18年以降の写真だろうと考えています。赤矢印で示した4.5m測距儀にシールドが付いていますが、天蓋形状の違いから94式高射装置ではないようです。この写真では91式高射装置は見えませんが、前後の方位測定アンテナも1.5m測距儀も写っていないので、撮影角度の関係で艦橋構造物の前面に隠れているのだろうと考えます。

 隼鷹はマリアナ沖海戦の直前に撮影された写真で4.5m測距儀(と91式高射装置)を94式高射装置に換装した事が判っています。前回示した飛鷹の一般艤装図と比較すると、1.5m測距儀台の形状が異なり、また少し前方に設置されているようです。この部分の位置関係を明確に示している昭和18年頃の写真や図面が見当たらないため、元々飛鷹と同じ位置と形状で換装時に替えたのか、昭和17年に91式高射装置を装備した頃からそうだったかは不明です。

 また、マリアナ沖海戦当時に於ける隼鷹の艦橋前の1.5m測距儀はシールド付きとする解釈があり、先日発売されたフジミ1/700飛鷹でもそうなっていますが、写真を見る限りカバーが掛けられているだけでシールドは付いていないようです。


丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 p17より



 これまで述べてきた事を元に、隼鷹と飛鷹の艦橋前の4.5m測距儀周辺の変遷を整理すると、この通りとなります。

(この画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 このうち、隼鷹の竣工時の公式図に描かれている縦横の変角率測定器については「仮装備」と書かれている上に、91式高射装置を装備した他艦の公式図では装備が無いようなので、その設置に伴い撤去されたと判断しています。

 昭和17年8月~18年の隼鷹の1.5m測距儀と91式高射装置の位置については飛鷹の一般艤装図と同じとして書きましたが、上の写真③で艦橋前端と測距儀台との間に写真④と同じくテントが張られているようにも見えるため、1.5m測距儀台の位置はマリアナと同じく前方(図右側)にシフトしていた可能性はあります。それに伴い、91式高射装置も飛鷹より前方にあった可能性も考えられます。

 また隼鷹の測距儀台の形状についても飛鷹と同じとしましたが、マリアナでは明らかに異なるため、最初からその形状だった可能性も残ります。この台は大和ミュージアムの公開資料にある隼鷹の艦橋装置図(昭和17年竣工時にその後の改正を中途半端に描き直して実態がよくわからなくなった図面、詳細はまた改めて述べます)では筒状として描かれているのでそれに従って描きましたが、マリアナ前後の写真では下側に鉄骨も見えるため、正確な構造は不明です。

 マリアナ沖海戦後の隼鷹については書籍等でも解説されているので省略しましたが、1.5m測距儀台が艦橋前面まで後ろに移動し、25mm三連装機銃台が設置されました。終戦後の写真では機銃台が上下に分割し、1.5m測距儀台は撤去されているようですが、詳細は不明です。

 まだ続きがあります。以下次回。
 (数日内に更新します)


隼鷹型航空母艦に関する覚え書き(1)

2016–09–17 (Sat)
 大和ミュージアムの公開資料の中に空母飛鷹の一般艤装図があります。舷外側面と艦内側面、上甲板~船艙平面までの各甲板平面図で、このうち艦内側面は写真日本の軍艦別巻の艦艇図面集で隼鷹の側面図として示されているものと同じです。側面図には完成図と書かれてはいますが、外形と甲板位置以外の細部はほとんど描かれていません。各甲板平面図も区画配置以外あまり書かれてなく、製図元川崎重工艦船工場の上から横須賀海軍工廠の印が押され、いずれの図面の出図日付も昭和18年6月14日と米潜水艦の雷撃を受けて横須賀に帰港した2日後なので、あるいは復旧作業用に急遽用意されたものかもしれません。

 この舷外側面図で、艦橋前の4.5m測距儀は竣工時の隼鷹の公式図と同じシールド無しのままですが、その背後に91式高射装置が描かれています。私自身初めて見るもので、しばらく参照端末の前で目が点になりました。

空母飛鷹一般艤装図 舷外側面より
艦橋前方の測距儀周辺の状況
(この画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 隼鷹型空母の高射装置は4.5m測距儀がシールド無しで装備され、マリアナ沖海戦までに94式高射装置に換装されたという話が一般的です。この流れは隼鷹に関しては竣工時の公式図とマリアナ沖海戦直前の写真から間違いないのですが、その過程で91式高射装置を載せたなんて話は聞いたことがありません。

 しかしながら、よくよく考えてみると、4.5m測距儀と91式高射装置の組み合わせで高角砲を指揮する方式は空母赤城や重巡妙高型・高雄型など過去にも多くの実例があります。そもそも4.5m測距儀単独では敵機の観測はできても、それをデータ化して高角砲に伝達する機能はありません。隼鷹の竣工時の公式図では測距儀の周辺に縦横の変角率の測定器が仮装備されていて、これらから高角砲に伝達していたようですが、94式高射装置の早期の換装が見込めないのであれば、既に実績のある91式高射装置との組み合わせで運用するのは特別不自然な事ではありません。

 まず、所属の呉鎮守府戦時日誌に何か記載がないか見てみました。すると、昭和17年6月分の作戦経過概要の造修 工廠工事 施設工事の24日の項目にありました。

昭和17年6月24日
官房機密第一六三番電ニ依リ隼鷹ニ
九一式高射装置装備ノ件指令

昭和17年5月1日~昭和17年8月31 呉鎮守府戦時日誌(2)
アジア歴史資料センター Ref.C08030324900 p55 より

 次に隼鷹型空母の写真を見てみると、


KKベストセラーズ刊 海軍艦艇史3 p171より

 ①は昭和17年7月頃に艦橋に21型電探が装備された隼鷹の写真と言われているものですが、左下の方位測定アンテナの背後に人の背丈よりやや高い構造物が写っています。図面で示された91式高射装置の形と似ているようにも見えます。


ダイヤモンド社刊
日本海軍艦艇写真集 航空母艦・水上機母艦 p102より
(この画像はシルエットを把握し易くするために元写真よりコントラストを上げています)

 ②は米潜水艦の雷撃損傷から復旧工事中の昭和18年10月7日に、横須賀工廠で撮影された飛鷹の消火器実験中の写真です。測距儀の部分にシールドが付いているように見えますが、天蓋の形状から94式高射装置ではないようです。そして①の写真と同様に方位測定アンテナの背後に、ほぼ同じ大きさで天蓋に丸味がある構造物が写っています。

 呉鎮守府戦時日誌記載の指令とこれらの写真から、飛鷹の公式図で示された4.5m測距儀と91式高射装置の組み合わせは隼鷹飛鷹共にその場所に装備されたようです。

 ただし、既成艦船工事記録では飛鷹の復旧工事の完了日は昭和18年10月15日なので、上の写真②から飛鷹は工事の最終盤になっても高射装置は94式に換装されていない事になります。個人撮影ではなく工廠の公式の写真なので日付に記憶違いはなく、行動記録も既成艦船工事記録でも飛鷹が工廠に入渠したのは18年秋が最後なので、ひょっとしたら飛鷹はマリアナ沖海戦の最終時までこの組み合わせだったのかもしれません。

 まだ述べる事がありますが、長くなるので以下次回に。
 (数日内に更新します)


(2016/09/28追記)

 この記事のあと、マリアナ沖海戦当時に飛鷹副長だった志柿謙吉氏の回想録「空母「飛鷹」海戦記」(2002年光人社刊)を読み、昭和18年11月~19年1月のトラックへの飛行隊輸送の後に呉で入渠工事を行った旨の記述がありました。

 それで両資料を改めてチェックしたところ、既成艦船工事記録には18年秋以降、二回記録があったのを見落としていました。

期間 昭和19年3月11日~25日、同4月15日~21日
いずれも呉工廠、工事区分一般整備、予定外(印刷の後から鉛筆で追加記入)
内容に関する記述は無し

 志柿氏の記述では訓令工事がかなり溜まっていたとの事で、作業の要点は左側の空所へのバラスト補填と便所の逆流対策、缶室隔壁の補強で高射装置については述べられていませんが、3月分は工事期間が2週間とやや長いのでこの関に換装した可能性は否定できません。従って記事の該当部分は削除とします。確認が不十分ですみませんでした。

大和ミュージアムに行ってきました。

2016–09–12 (Mon)
 1/350隼鷹の関連で先日大和ミュージアムまで行ってきました。隼鷹型空母の公開資料について何があるかは把握していましたが、個々の内容までは詳しく見ていなかったので、その確認が主な目的でした。

 ミュージアムに行くのは3年振りで、その間に公開資料の閲覧用PCとシステムが更新され、配布資料の仕様も変わりました。
 以前に書いた概要から変更されたところは以下の通り。

閲覧の方法
・資料が登録艦名別/艦種別にインデックス化された。
 艦名や資料番号を直接打ち込んでの検索はできなくなった。
 (検索窓はあるが機能しない)
・閲覧画面上で、資料の移動拡大縮小がスマホと同等の操作で出来る。

複写の手続きと内容
・複写の仕様がモノクロからデジタルイメージのままのカラー印刷に変わった。
 青焼きの陰陽反転出力も無くなりそのまま印刷。
 改正図の着色部はカラーで印刷されるので後で着色する手間は無くなった。

 まず以前は検索しないと出てこなかった登録資料が艦名別にインデックスされ、最初の画面で一覧表示される艦名の中から希望の艦をタップすると関連する資料が表示されるようになりました。艦名は艦種別に絞り込む事もでき、以前に比べると格段に使い勝手は良くなっています。

 ただし登録艦名は資料の表題に依っているので、それが計画艦名-例えば空母大鷹の新田丸からの改装の概要を示した一般艤装大体図は1003番艦でインデックスされているので、大鷹を探しても目的の資料には到達できません。一部は整理されているようですが、この点には注意が必要です。また艦種別の絞り込みが可能と書きましたが、改装前と改装後の二通りの形態が存在する艦、例えば千代田の資料が水上機母艦と航空母艦で正確に切り分けられるかどうかについては時間不足で確認できませんでした。

 資料の閲覧については、以前は拡大縮小移動いずれもタッチパネル上のボタンをいちいち押さないとできませんでしたが、新しいシステムではスマホと同等の操作ができます。すなわち移動はスワイプ、拡大縮小もピンチインアウトで、操作は飛躍的に楽になりました。



 複写で配布される資料は、以前はモノクロ出力で、青焼図面はネガポジ反転した上での印刷でした。それがカラーに変わり、青焼もデジタルイメージのまま青地に白線で印刷される形式になりました。

青焼図面出力のイメージ
左がオリジナル、及び現在の出力方法
右は以前のネガポジ反転出力

 資料のオリジナリティという点ではこれが正しいやり方なのだろうと思います。図面の細かなニュアンスについてもネガポジ反転よりカラーそのままの方が把握しやすいように感じます。判読が困難ほど劣化しているものを再トレスする場合も、青焼イメージそのままの方が線の把握が容易です。

 しかしながら、判読が困難であったり縮小率が大きかったりで内容が読めない資料については、これまでは一旦受け取った後に近くのコンビニ等でコピーした上で、再度参照画面で拡大して文字を拾い上げて書き込んでいましたが、青地に白線のカラーではコピーして書き込んでも判りにくいものにしかなりません。また模型屋にとっては検討の過程で図面に書き込む事も多々ありますが、これも難しくなりました。コピーサービス店でネガポジ反転指定か、再度スキャンしてPC上で加工して再出力する必要がありそうで、その点では少し扱いにくくなった感もあります。



 色々書きましたが、資料の閲覧操作という点では以前より格段に扱いやすくなっていました。相変わらず公開資料一覧は用意されてなく、図面資料についてはネット上からは一切検索できず、現地に行って端末を叩かない限り何もわかりませんが、少しは利便性が上がった気もします。

 最後にいつもの定点観測。


 売店からはニチモの一連のキットが完全に姿を消し、組立キットの量も以前より減った気がします。月間売上1位は不動のアリイ1/600、2位はハセガワ新1/450、3位がタミヤ旧1/350で、タミヤの新1/350はこの日は見当たりませんでした。

 次回はここで見たものについて少し書きます。

ハセガワ1/350隼鷹を作る(その1)

2016–09–03 (Sat)
 キットがまだ影も形も無いうちから作り始めるのは気が早いにも程がありますが、前々回の記事で書いたように細部の表現がこれまでのハセの1/350から大きく変わるとは考えにくいので、それ前提で装備品をある程度作っておく事にします。

 それで、模型の設定時期は今のところ南太平洋海戦第三次攻撃隊、最後にホーネットに向かった状態を考えています。参加が合計10機と少なく、模型的には29機の第一次攻撃隊の方が見栄えが良いのですが、日本海軍空母機動部隊が真珠湾以来の攻勢から守勢に向かう大きな転換点になった最後の戦いであり、隼鷹に最もふさわしい状態だろうと。それに1/350で29機も調達したら財布もメンタルもきつ過ぎますし…。

 南太平洋海戦の場合ネックになるのは機銃の配置に関する資料が皆無である事で、呉鎮守府の戦時日誌の記載や他艦の状態などから、竣工時から何らかの機銃増設が有ったのはほぼ間違いないのですが、それを直接示す写真や文献は私が知る限りありません。機銃配置が判明しているマリアナ時から引いてゆく事である程度の推測はできますが、現状では推定にもならない想像状態止まりになりそうです。この件に関しては後で詳しく述べることにします。

(この画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 まずは最も面倒臭い艦載艇から作り始めます。上の画像は最も上がハセガワ1/350の9mカッター(艦載艇セットA)、中がタミヤのカッター(艦載艇セット)です。ハセガワは内側の形状がいま一つで、オールを掛ける舷側の切り込みもありません。タミヤはそれらの点が改善されています。ここではタミヤのカッターに修正を加えて作ることにします。

 しかしながら、ハセガワもタミヤも全体の印象は似たようなもので、今のところ他からもこれより良い表現の外部パーツは見当たりません。この程度のモールドならば今の1/700のピットロード新艦船装備セットやファインモールドのナノドレッドにも付いています。部品数などの関係でメーカーにはこれ以上精密な部品は難しいのかもしれませんが、そろそろ表現を考え直す時期に来ているのではとも思います(隼鷹で改訂されたら陳謝します)。

 上画像下がとりあえずタミヤのカッターからああでもないこうでもないと切り貼りして作った試作品。一部表現に難があるのでこれは使わず、再度2隻分を作る事にします。

 以下次回。

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MOMOKO.120%

Author:MOMOKO.120%
職業:自営業見習い
趣味:ブログの通り
模型の守備範囲:船
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現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

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