1/700で軽巡鬼怒を作ってみる(その2)

2014–11–29 (Sat)
 前回の続き。

(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 前回書き漏らした事ですが、艦底板はビス留めできるナットを固定した後で船体に合わせて分割して接着し、空いた部分をプラ板で埋めます。後部魚雷発射管室を船体の塗装後に組み込めるように艦底板に穴を開けます。




 少し前までは1/200クラスの大型模型ですら船体の外板表現を行っている作例はさほど多くはありませんでしたが、今では1/700ですら普通に行われている手法で、手すりや張り線などと同様に誇張表現の一種です。船の模型で以前と今で最も大きく変わった点の一つとして、かつては小スケールの模型ではスケールオーバーな表現は省略してシンプルな仕上がりを目指す考え方が主流でしたが、今は逆に誇張させて情報量を盛り込み精密感を増やすという手法が増えているようです。

 5500トン軽巡の外板は以前1/350阿武隈でやった事の繰り返しで、今回は水線までなので大きな問題はありません。船体中央部に防御用の鋼板が張られているのが構造上の特徴で、模型でもそれがわかるように表現します。鋼板の上に短冊状の板が見えますがこれも外板の一種です。ここを汚水捨管のカバーとしている作例を目にしますが、5500トン軽巡にそのようなカバーや塵捨筒が付いた艦は私が知る限りではありません。

 舷外電路は昭和18年10月現在の鬼怒の公式図には描かれていません。大戦中のディテールのわかる写真は残っていないらしく、16戦隊の戦時日誌にも電路の有無に関する記述は見当たりません。真偽を判断する材料がなく丸エキストラ戦史と旅No.26の名取南方作戦の写真の中に、昭和17年4月中旬にマカッサルで撮影されたとする鬼怒の写真が掲載されていて、そこには舷外電路がはっきりと写っています。従って描き漏らした可能性も充分に考えられますが、防空巡に改造された五十鈴を始めとして、昭和18年後半以降に完成または改装された艦の中には舷外電路が見当たらないものも存在するので、この製作では公式図に従い電路なしとします。


 ベルマウスは余りの1/350救命浮輪のエッチングを逆向きに接着、サイズがやや大きめですがこれは公式図に依るものです。舷窓と閉鎖蓋は共にライオンロアとレインボーモデルのエッチングです。私はドリルの穴開けが苦手で、舷窓のように一直線に並ぶ穴開けはあまり綺麗にできません。そのためエッチングを貼って塗装で表現する方法を取ります。筋彫りも苦手ですがこれはどうにもなりません。舷側の表現ができたところで一旦サフを吹いて表面を確認し、作業が足りないところは修正します。サフだけは水性に良いものがなく、ラッカー系のMr.サフェーサーを吹きます。

 以下次回。

1/700で軽巡鬼怒を作ってみる(その1)

2014–11–22 (Sat)
 前回の記事通り、タミヤの1/700鬼怒を今風に作ります。設定時期は最後の入渠工事の直前である昭和19年6月頃とします。実質的には昭和18年秋の損傷修理後の状態+零式観測機で、小発の搭載など艦載艇の構成が変更されていた可能性がありますが資料皆無なのでそのままとします。機銃の増設に関しては同じく資料皆無である事と、他艦での本格的な増設がマリアナ沖海戦の後である事(既成艦船工事記録では7月の入渠工事で鬼怒に機銃と水中探信儀を増設した旨の記載があります)から、19年6月の段階ではそれほど大きな変化は無かっただろうと判断しています。

 まずは船体から作業に入りますが、タミヤ1/700の球磨/長良型の船体はバランスが若干おかしく、全長も2mm程度足りません。この製作では一旦ほとんどのモールドを削り落とし、船体を4ヶ所で切って縮めたり伸ばしたりして調整します。


上が改修船体、下が元の田宮長良型船体。
(本日の画像はクリックすると別窓で拡大表示します)

 船の模型、特に1/700WLのような小さなものの場合は表現的に全体でトータルバランスが取れているかどうかが最も重要なポイントで、見る側の評価もそこにあるのだろうと考えます。前にも書きましたが、船の過剰な形状修正は作り手に精神的な消耗を強いる反面、見る側にとっては何が良くなったのかほとんど理解できません。最終的にはどこで納得できるかどうかの作り手の気持ちの問題ですが、以上の理由で人には全く薦められない作業です。このキットの船体長の誤差は1%以内で、船の組立模型ではこの程度の誤差は決して珍しくありません。通常であれば無視して良いことがらです。

 しかしながら、軽巡総ざらいでは全く言及が無かった事ですが、阿武隈と五十鈴を除くタミヤの長良型軽巡に関してはレセス(前部魚雷発射管がある凹みの部分)が実際より約1mm程度短いため、前部魚雷発射管をキットのパーツから正確な八年式61cm発射管に付け替えようとする場合、レセスを延伸しない限り中に入れられません。また長良型の魚雷発射管の係止位置は後ろ向きなので、発射管そのものを切り詰めたりキットの部品をそのまま使うとしても、基部の凸モールドは削って付け直す必要があります。ピットロードの旧装備セットで八年式発射管が最後まで無かった理由もそこにあったのだろうと考えています。現在はピットの新装備セットやファインのナノドレッドに部品がありますが、両方共に所有していないのでタミヤのキットに合うのかどうかはわかりません。


延伸部の裏側にエポパテを詰めて補強します。


 以下次回。

モデルアート増刊「軽巡洋艦総ざらい」のことなど。

2014–11–15 (Sat)
 防研史料閲覧室絡みの事柄はまだ若干ありますが、ここで一段落付けます。残りはまた機会を見て触れる事にします。



 艦これの影響で新規の需要が増えているのか、昨今モデルアートは艦船関係のカタログ本を積極的に出しています。総合的なデータベース2分冊に続いて艦種別にテーマを絞った「総ざらい」と称するシリーズを出しています。この記事を書いている時点で駆逐艦・重巡・航空母艦・軽巡の4部冊が発売され、戦艦編も近日発売予定です。

 しかしながらどうも私の近くの書店はどこも、モデルアート本誌と艦船模型スペシャル以外の艦船増刊本は入荷しなかったようで、これらは内容を目にしていません。買い求めてまでとは思わなかったのですが、軽巡洋艦編が出た機会に買って中身を見てみました。従って以下に述べる所感はあくまでも軽巡総ざらいに限定した事柄で、シリーズ全体を指しているものではないのでご注意願います。


 最初のページに『帝国海軍軽巡洋艦の「艤装品」や「時代ごとの変遷」各社プラキットの製作法を網羅』と書いてありますが、結論から先に述べると「あらゆる点で中途半端さが否めなかった」というのが率直な印象でした。

 艤装品の項目はキット在中や外部のプラパーツの一覧を種類別に写真と図で並べたわかりやすい構成ですが、兵装と艦載機だけで艦載艇や各種指揮装置・探照灯などの解説はなく、エッチングやレジンパーツの紹介は全くありません。各艦の時代ごとの変遷も、ページ数がさほど変わらないにもかかわらず艦船模型スペシャルNo.29 5500トン軽巡の解説よりも曖昧でわかりにくく、長良の最終時に至っては誤解を与えかねない内容で、阿武隈の開戦時に於ける爆雷投下軌条の装備やキスカ撤収時のカタパルトが呉式二号五型に換装済など資料的な根拠を問いただしたい部分もあります。また掲載図も機銃の位置や種別、リノリウムの範囲などが特に注釈も無く異なっているといった内容の不統一が気になりました。軽巡の各社組立キットの一覧は網羅されていますが、製作記事は全くの初心者向けで、かつ大淀の製作がなぜか省かれています(香取型はキット紹介以外対象外とされています)。

 ちなみに長良の最終時には後部魚雷発射管を四連装化し前部発射管には有無二説があると書かれていますが、5500トン軽巡に於いて前部発射管の撤去と後部の四連装化は対で行われた改正なので、前部の連装発射管が残存したままで後部だけが四連装化する形態はあり得ません。説を併記するのであけぱ“魚雷発射管は阿武隈や五十鈴と同様に撤去換装されたとする説と連装4基のまま戦没したとする二説がある”とすべき箇所です。

 艦載機に関しては全体の約1割(16/144p)を割いていますが、塗装図は側面3例しか掲載されず、配備状況も極めて曖昧な記述しかありません。1機種1p計11pの実機解説(しかも1pの2/3が写真と側面図で埋まっている)はバランス的にも疑問で、1pに2機種の計6p程度で残りはより詳しい配備状況や塗装図に割り振っても良かったのではないかと考えます。

 総ざらいと名前が付いていますが方向性は全く何も知らない超初心者向けで、その割に全ての装備パーツを網羅紹介している訳でもなく、実艦の変遷解説には徹底さを欠き、艦載機はページを割いているにもかかわらず模型に直接対応できる情報はあまりないという中途半端さばかりが目についた本でした。もっとも、模型に於いて紹介できる範囲が限られてしまうのは商業誌としてやむを得ない事かもしれません。しかしながら実艦に対する解説記事の曖昧さは、特に広く一般初心者向けの本であれば尚更のこと、誤解や誤った認識を広めかねませんから、そこは丁寧に作って欲しいものです。



 少し前に呉式二号三型と五型カタパルトの違いを勘違いしていたように、たまには何か作らないと覚えていた事も薄れてしまうようです。それで、球磨と鬼怒の話が続いたので、次回から田宮の1/700鬼怒を昭和19年6月頃の設定で今風に作ってみます。本当は1/350で行きたかったのですが、阿武隈のときのようにもう製作に一年半も掛けてられないので1/700とします。その過程で、アクリジョンも含めた水性塗料や艦船の組立模型に関していま考えている事も随時述べることにします。

軽巡球磨と鬼怒に関する覚え書き(その5)

2014–11–08 (Sat)
 前回までの内容をまとめると、

球磨
 昭和16年12月開戦時~昭和18年6月27日 九四式水偵×1
 昭和18年6月28日~9月12日 零式観測機×1(聖川丸より派遣)
 以降艦載機搭載せず
 昭和18年11月 カタパルト一時撤去<換装の見込有>
鬼怒
 昭和16年12月開戦時~昭和18年6月27日 九四式水偵×1
 昭和18年8~10月 カタパルトを呉式二号三型から五型に換装
 (昭和19年5~6月頃?)~昭和19年7月22日 零式観測機×1
 昭和19年7月 カタパルト撤去(推定)
 以降艦載機搭載せず

 ということになります。

 16戦隊の戦時日誌を読んでゆくと、昭和18年6月の艦載機パラオ派遣以来、常に隷下の軽巡に艦載機の割り当てを求めていた事がわかります。シンガポールを拠点に南西方面の輸送と護衛に当たっていた16戦隊にとって最大の脅威は潜水艦であり、それを制圧するための艦載機は必要な戦力でした。天候が厳しく哨戒機の運用もままならなかった北方の第5艦隊とは事情が違っていたのですが、模型用の資料では一緒にされて昭和18年末に対空兵装強化のためにカタパルトが撤去された扱いとなっているものもあるようです。

 ついでに書きますが、球磨で唯一残っている撃沈前月の戦時日誌(昭和18年12月分、Ref.C08030575700)を読むと、人員名簿の中に「電測士」という電探担当士官の配置がありません。これによって、球磨は最後まで電探を搭載していなかった事がわかります。ただし、それ以外の機銃増備状況などは全く不明で、以前書いた5500トン軽巡の前檣探照灯の後部移設の可能性も含めて模型にするには高いハードルが残っています。沈没地点の水深が浅いため、近年はサルベージ業者が売買目的で勝手に鋼材などを引き揚げているとも聞きますが、学術調査より商業的な活動が先に立つ現状は憂うほかありません。



 ここまで鳥海(摩耶)と球磨・鬼怒に関して、カタパルトと艦載機の推移を推察しました。艦載機と航空兵装は軍艦の兵器の一部ですし、部隊によっては切実な装備だった事はここまで挙げてきた16戦隊の戦時日誌からも感じ取れます。また艦載機を持たない航空母艦がただの浮かぶ箱に過ぎないのは大戦末期の状況を見れば明白です。航空兵装の変遷は主砲や機銃と同じく扱われるはずのものですが、どうも船の模型の世界では航空は別ジャンルと捉えられているのか、武装の考証は良く行っているのに艦載機はなおざりな作品を模型誌で目にする事があります。また模型用の資料でも定数表の内容に当時一般的に配備されていたと考えられる機種を当てはめただけと思われるものも目にします。

 防研資料閲覧室まで足を運ばなくとも、アジア歴史センターでオンライン公開されている戦闘詳報や戦時日誌を精査するだけでもかなりのことは判るのではないかと考えます。模型誌などで主砲や機銃の装備状況を厳密に考証するのであれば、航空兵装にももっと注意を払って欲しいと思うものです。

 この項目は以上です。

軽巡球磨と鬼怒に関する覚え書き(その4)

2014–11–01 (Sat)
 前回の続き。

 16戦隊の戦時日誌は昭和18年12月から19年6月までの約半年間が欠落しています。この間、球磨は昭和19年1月11日にペナン島沖で潜水艦の雷撃を受け撃沈に至ります。

 「空母及搭載艦関係報告資料」の記述と照らし合わせると、球磨がカタパルトを一時撤去したとすれば、その時期は聖川丸派遣の艦載機が撤収した昭和18年9月12日以降になります。行動記録によれば11月にシンガポールで入渠整備を行っているので、可能性があるのはこの時だけです。機銃増設に伴う完全撤去ではなかったのは、16戦隊が艦載機を必要な戦力とみなしていた事に対し、11月の段階で割り当てが成されなかった一連の電文から推察でき、報告資料の記載には信憑性があるのではないかと考えます。ただし一時的としても何らかの理由がなければ撤去には至らないはずですが、それに関する記述は戦時日誌には見当たりません。また報告資料に書かれている「通牒済」に関しても同様です。


 昭和18年11月の改装の時点では割り当てが無かった鬼怒の艦載機は、定数表によれば昭和19年6月1日付けで鬼怒に2座水偵×1機が割り当てられているので、この前後に搭載されたのかもしれません。

 鬼怒は昭和19年7月12日~19日に掛けて入渠整備を行います。当月の16戦隊戦時日誌にこのような記載があります。

第十六戦隊戦時日誌(昭和19年7月分) Ref.C08030057100 より
発7月21日1215 16S司令官
受 16S
信令第一二九号
一.鬼怒搭載機ヲ鬼怒射出機整備スル迄青葉ニ搭載スベシ
  右搭載期間中鬼怒飛行科関係員ハ青葉ニ乗艦スルモノトス
[以下略]

 また作戦経過概要には7月23日付で「零式観測機二機青葉ニ搭載」とあります。前年11月の改装直後には割り当てられなかった鬼怒の艦載機は、この頃迄に零式観測機が1機搭載されていた事がわかります。「空母及搭載艦関係報告資料」の鬼怒の計画搭載機の空白の項目に後から手書きで「観1」と記入されたのは、このような事情に依るもののようです。

 しかしながら、入渠整備の後に「射出機整備スル迄」艦載機を青葉に移せというのは変な話です。個人的な推測になりますが、鬼怒はこの時にカタパルトを撤去したのかもしれません。なお前述の航空機定数表では昭和19年10月1日付で定数削除とされています。その後11月の撃沈まで16戦隊の戦時日誌に鬼怒の艦載機に関する記述はありません。

 以下次回。

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MOMOKO.120%

Author:MOMOKO.120%
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現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

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