短信

2014–08–30 (Sat)
 5月の静岡見本市がつい先日の感覚でしたが、もう9月末の全日本ホビーショーの情報が流れ始めています。今のところは静岡の前後に企画を発表したキットの正式リリースが中心ですが、以前はスクラッチするしか手に入れる手段が無かった補助艦艇が、同型艦の無いものも含めて多くが普通のプラキットとして購入できるようになったのはまさに隔世の感があります。

 それに伴い、艦船模型の製作のポイントもスクラッチやパーツの自作といった造形能力よりも、多種多様なエッチングや外部パーツを選んで使い分けてゆく方向に変わりつつある感があります。もちろん今でもスクラッチした方が早いようなキットはまだ市場に残ってはいますし、製作の全ての基本ですから造形能力が全く不必要になる日が来るとは考えていません。しかしながら、こと艦船に限って言えば過度の形状修正は見た目の効果が製作者本人以外には非常にわかりにくい-キャラクターに比べて訴求力に欠ける部分がありますから、それが自分以外の第三者に見せる模型ならば、造形よりもパーツの使いこなしや細部表現のあり方に向かってゆくのはむしろ自然な流れだろうと感じています。

 あと、アオシマの1/350金剛が一部金型修正を行って再発売されるようです。最大の問題だった艦橋床の木目モールドの修正と、後は1/350高雄型重巡に準じた甲板の再設計及び装備品の別部品化が主な改正点です。フジミとの比較に関しては発売当初に述べましたが、元々基本形は優れていたキットなので、細部回りが改善されれば価格次第ですがデメリットの要素は縮まるかもしれません。できれば大戦初期仕様に容易に改造できるように撤去前の副砲隔壁のパーツも付けてもらえれば有り難いのですが(フジミはキットの構造的に44年秋以外の仕様にはできません。アオシマは霧島を出す際に何故パーツを独立させなかったのかという気持ちはあります)。

 また、以前紹介した水性塗料アクリジョンに海軍艦艇色と海軍機色セットが出るそうです。単色で別売りされるかは現時点ではわかりませんが、ようやく環境が整ってきた感があります。これについては出たらまた何か書くかもしれません。



 防衛研究所の資料についてはまだ書くことがあります。精査する部分が少し残っているので、次はだいたい9月の中頃に続きを始めるつもりです。

防衛研究所の史料閲覧室に行ってきました。(その5)

2014–08–23 (Sat)
 前回述べた既成艦船工事記録に関しては、資料の性格上他の資料と合わせて検討すべきもので、単純にここに記載があるからこうだ的な事は述べられません。田村氏が内容を精査するのに30年掛かったというのも全く以て納得できるものです。興味の範囲内の内容は確認してきましたが、具体的には参考という扱いになるかもしれません。



 次に閲覧したのはマリアナ沖海戦の653航空隊の戦闘詳報。内容そのものはアジア歴史センターで公開(Ref.C08030040000「昭和17年6月1日~昭和19年6月30日 あ号作戦戦時日誌戦闘詳報(3)」)されていますが、ここに添付されている空母千代田艦上の写真の原本を見てきました。


光人社刊「伝承・戦艦大和」上巻p393より

 写真そのものは各種書籍に転載されているので御存知の方も多いと思います。このブログでも以前手前に写っている「85」について触れましたが、今回は飛行甲板を木甲板とする根拠とされている甲板上の「すじ」について、本当に木の接合部なのか複写印刷では今一つよくわからないので、原写真に当たった訳です。

 詳しくはいずれ述べますが、昭和16年の翔鶴型以降、19年の大鳳までの間に完成した一連の航空母艦の飛行甲板が、艦によって木甲板と鉄甲板に別れている理由は一般に言われている資材不足でも完成時期でもないのではないか、その関連で千代田の飛行甲板は木甲板ではなく千歳と同じく鉄甲板ではないかという疑念があるからです(千歳は川崎まなぶ著/大日本絵画刊「マリアナ沖海戦」に掲載されている集合写真から明らかに鉄甲板です)。

 それで、原写真を見た印象として、①の黒く写っている部分は影ではなく明暗の縁が明確に切れています。前部エレベータが降りている開口部のようで、ここからも撮影位置が公式図上の85番フレームより艦首側である事が推察できます。②の一見木目に見えるすじは、間隔が一定ではない上に③の付近では手前から来るすじがつながっていません。この部分の奥④ではすじそのものが写っていません(手前はこの画像では続いているようにも見えますが、原写真でははっきりしません)。そもそも木甲板であるならば縁の鉄の滑り止めに接する部分にも木の接合部が見えているはずですが、この写真からは確認できません。

 写真に写っているすじが木の接合部でないなら何かという問題は残りますし、所詮個人的な印象なので確証に欠ける部分はありますが、原写真を見た限りではこれを以て空母千代田の飛行甲板が木甲板である証拠とは言い切れないのではないかという印象を強くしました。

 ちなみにこの653空戦闘詳報に添付されている写真ですが、アジ歴データp60はここで述べた千代田艦上のもの、p61~62は上空の敵機が写っています。p63は千代田の被弾を他艦から撮影した写真で、水平線左側に小型艦艇、中央に大型艦、右側に被弾して煙を上げる艦がいずれも小さく写っています。データには潰れて反映されていませんが、原資料には中央の大型艦に「YAMATO?」の書き込みがあります。確かに大和型戦艦のようにも見える写真ですが、図書出版社の「日本戦艦戦史」によれば被弾当時の千代田の直衛は金剛と榛名ということなので、これが正しければどちらかという事になります。

 以下次回。

防衛研究所の史料閲覧室に行ってきました(その4)

2014–08–16 (Sat)
 防衛研究所の史料閲覧室へは、一部依頼事項も含めて様々な事柄がありましたが、最大の目的は「既成艦船工事記録」の原本の確認でした。これは詳細な改装記録の大半が失われている現在に於いて、先の大戦中で艦船の外観の変化を探る上で重要な手がかりとなる資料の一つで、戦史研究家で元一等海佐の田村俊夫氏が著作の中で良く引用されているのでご存じの方も多いと思います。

 それで、歴史群像太平洋戦史シリーズVol.70「完全版特型駆逐艦」に於いて資料の詳しい解説が書かれていますが、中に引っかかる記述があったのがそもそもの始まりです。

 筆者は昭和50年にこの資料の全文をコピーし、さらに原紙を参照してコピーでは不鮮明だった文字を判読し、赤で書かれている文字はそれに倣って赤書きとした。
 15年ほど前に原紙を見ようとしたが、原紙の痛みを防ぐために複写されたコピーを貸し出す方式に変わっていて、すべてが黒文字のために区別がつかなくなっていた。また十八年二、三、四月の記録の裏に(中略)びっしりとメモ書きされていたが、これらは貸し出されたコピーからは省かれていた。

「完全版特型駆逐艦」(2010/08/10第一版) p50より

 史料閲覧室はかなり痛んだ資料でも原本を見せてくれるという話は以前から聞いていましたし、仮に複写媒体に替えるとしても着色がある資料ならば高解像度のカラーコピーになるはずでモノクロで済ますとは考えにくい。まして裏のメモを外したらそれは「資料」にはならない。個人がすることならまだしも、公的な資料保管所が行うこととは思えないという疑問が本を読んだときからありました。

 今年になって防衛研究所の公式サイトに掲載されている公開史料目録を改めてチェックし、既成艦船工事記録で検索したところ、同名の資料が4つあることがわかり疑問が更に深まりました。田村氏は同名の違う資料を見たのではないかと。

登録番号史料名
④艦船-陸上部隊-全般-76昭17.12~20.8 既成艦船工事記録(予定表)
④艦船-陸上部隊-全般-155既成艦船工事記録 自昭和17年12月 至昭和20年8月
⑥技術-全般-149既成艦船工事記録 自昭和17.12 至昭和20.8
⑧参考-会計-117既成艦船工事記録 自昭和17.12~至昭和20.8

 そして実際に史料閲覧室に足を運び、4つ全てに閲覧申請を出したところ、一番上の④艦船-陸上部隊-全般-76が原本で、残りの3つはそれをモノクロコピーし製本したものでした。しかしながらいずれのコピーにも本紙裏のメモ書きは複写されていたので、1995年頃に田村氏が閲覧を求めた際には何らかの理由で原本の閲覧が制限され、便宜的な措置が取られていたのかもしれません。いずれにせよ2014年の現時点で原本の閲覧は可能です。

 それで、なぜこの資料が原本とコピーで計4つもあるのか史料室で尋ねてみたのですが、昔のことで詳しい経緯はわからないとの話でした。なお、かつては部内者への貸し出しが行われていたようですが、現在は史料閲覧室所蔵の全ての資料について公的機関以外の貸し出しは禁止になっています。



 既成艦船工事記録の具体的な内容について、完全版特型駆逐艦と重複しない範囲で補足します。まず資料の性格ですが、元々は各部配布用の「(月別)(既成)艦船工事予定表」の綴で、そこに後から日時や作業内容などを適時メモ書きし、結果として実施状況が垣間見えるようになったというものです。田村氏の文章では今ひとつ掴みにくいので資料の基本イメージを下に示します。


 黒太文字が印刷、赤の(濟<済>)はハンコ、艦名の上の赤と青の丸と三角は工事種別(改装/整備/大修理/損傷復旧)、赤の艦名と日付・灰小文字が手書き文字です。このように各工廠や外地の工作部隊で予定または作業中の艦船名と工事予定期日が印刷された一覧表に、作業が終わった事を示すハンコ、及び追加の艦名や作業期間と内容の簡略文字や記号などがメモ書きされているものです。昭和19年4月分迄はこのような全工廠分が1枚の紙に(欠落月有)、翌5月分からは各工廠毎に紙を分けて記載し備考欄が追加されています。印刷形式の表は昭和20年4月分が最後で、5月分は未作成、最後の6~8月分は全て手書きです。紙は駆逐艦の機銃増備やサイパン逆上陸関連の書類も含めて全部で約120枚程度あります。

 予定表からメモで実施状況の一端が垣間見えるようになったという程度の資料で、メモの量も月によってバラバラ、各種の記録や証言から間違いなく行われたにもかかわらず載っていない工事も多々あり、これで全ての作業状況が判明する訳ではありません(例えばマリアナ沖海戦後に修理と噴進砲を装備した残存空母の工事状況は一切載っていません)。あくまでも「手がかり」ですが、考察する上で不可欠な手がかりです。

 綴じられている紙には粗悪なものも多く、70年もの歳月も経過しているため変色や傷みが激しい部分があり、閲覧そのものはまだ可能ですが、鉛筆で手書きされた多くのメモ書きは薄れて判別が難しくなっています。そのためか複写は原紙を痛めない写真撮影に限られ、コピー機を用いた複写はできない指定になっています。

 なお、色で区別が成されている上に薄い鉛筆書きも多い資料なのでモノクロコピーでは全ての情報は反映されません。従ってアジ歴の公開データ形式が現状のままである限り、仮に将来オンラインでの公開対象になったとしても原本での確認の必要は残るだろうと見ています。

 以下次回。

防衛研究所の史料閲覧室に行ってきました(その3)

2014–08–09 (Sat)
 所感を少し。

 防衛研究所の公式サイトのどこにも記載されていませんが、この施設は一切の写真撮影が禁止されています。研究所の敷地内はもちろん、一般道路に接している正門も撮影禁止で、守衛が発見するとその場でデータ削除を求めてきます。

 しかしながらGoogle MAPのストリートビューには正門の画像が高解像度で載っていますし、上空写真からは施設の配置状況が誰の目にも一目瞭然で、防衛研究所で画像検索をすると掲載許可を得ているとは思えない画像が少なからず出てくる有様です。どうもフィルムカメラかつネットが無かった時代の機密保護規定をそのまま継承しているようで、敷地内は有りとしても、正門の撮影まで認めないのはあまりにも時代にそぐわない感がありますが、それが「お役所」というものなのかもしれません。

 資料閲覧室は図書室に近い形態ですが、一般的に言うところの図書室ではなく、あくまでも役所の文書閲覧室なので、そこには充分に留意する必要があります。相談コーナーはあるにはありますが、私が見聞きした範囲で言えば各種の相談に対する対応は良くも悪くも役所の窓口です。



 以前にも書いたことですが、防衛研究所の史料閲覧室(防衛庁戦史室)は、かつては旧軍または自衛隊関係者の紹介が無ければ入室すらままならず、資料のインデックスも整備されていない状態で、担当が訪問者の知りたい事項を聞いて関係する資料を探してくる形式だったと聞きます。その後インデックスは整備されたのですが、史料室に出向いて膨大な量のカードを手繰って希望の資料を探す作業は依然として残りました。所蔵公開資料の一覧がネット上に公開され何があるのか全貌が容易に掴めるようになったのはごく最近の事です。

 また、頁数が多い戦時日誌や戦闘詳報、内令や辞令公報などを隅から隅まで全て熟読して理解するのは、地方在住者はもちろんの事、平日に仕事や学業を持つ一般の社会人や学生にとっても非常に困難な作業でした。まだ所蔵資料の極一部でかつ複写状態が良くないものも混じっているとはいえ、ネット接続環境があればアジア歴史センターで365日24時間誰でも時間の許す限り読むことができるようになったのも、ほんの数年の間のできごとです。上で役所だと書きましたが、これでも昔に比べればはるかに利便性は向上しています。

 防衛研究所の所蔵資料は多くの戦史研究家や作家が著作の拠り所としてきたものですから、これまでは改めて見るまでもなく調べ尽くされているものだろうと考えていました。ところが近年アジア歴史センターで一部の所蔵資料がオンライン公開されるにつれて、模型愛好者の中で通説と伝えられていた事柄の誤りや不明とされてきた事がかなり明確にされつつあります。つまり防衛研究所の所蔵資料は模型愛好者の知りたい事に対してはあまり精査されてこなかったのではないかという疑念があります。

 いつか全ての資料がアジ歴で見られるようになればもっと判る事が増えてくるかもしれません。しかし公開状況に劇的な変化がなけれはまだまだ遠い先ですし、公開されている中には元資料の状態が良くないのかオンラインデータの判読が難しいものもあります。添付写真の類は原資料のほうが鮮明なのは言うまでもありません。普通の図書室に比べて利用し辛い点を差し引いても、調べられる事はあると考えています。

 施設に関する覚え書きは以上です。次回からはここで見た資料について述べます。

防衛研究所の史料閲覧室に行ってきました(その2)

2014–08–03 (Sun)
注:これは2014年現在の情報です。防衛研究所史料閲覧室は2016年夏に市ヶ谷に移転し、それに伴い規約も一部変更になっています。変更点はこちらを参照して下さい。



 前回の続き。

 所蔵資料の複写に関しては、閲覧者本人が行うことはできず、即日交付もできません。複写申請書に住所氏名と複写方法を記入して範囲を指定した実資料と共に提出し、実際の作業は業務委託された専門の業者が行い、後日複写物が送付されて料金を振り込むという流れです。一部の公立図書館等で認められている閲覧者持ち込みのデジタルカメラによる部分複写も不可です。

 大和ミュージアムと同じく電話FAXやメールによる複写依頼は受け付けておらず、必ず依頼人が史料閲覧室の窓口まで直接出向かなければなりません。利便性に欠けるのは確かですが、資料の状態が一様ではなくまた後述する費用の問題もあり、窓口で実資料を前に職員や担当の業者と良く打ち合わせて納得した上で依頼する必要があるため、これはやむを得ないようです。

 複写方法は2014年現在以下の4通りから選択できます。

1.電子複写…コピー機による紙への複写
2.マイクロフィルム…紙出力・CD-R・マイクロフィルム受取
3.ブックショット…1200万画素相当のカメラによるカラー撮影、紙出力・CD-R受取
4.デジタルカメラ…2400万画素相当のカメラによるカラー撮影、紙出力・CD-R受取

 1.は見開き計A3まで、2~4は同じくA2サイズ程度まで一度に処理することができます。2~4は紙媒体への出力も可能ですが、出力費用が枚数分加算されるので、読み込む機器を所有している方であれば見開きページを撮影したjpeg画像データをCD-Rに焼き込んで受け取るのが最も合理的です。3と4は使用機器の性能の違いで、当然高解像度のほうがより原資料に近い複写データを作成できますが、実際にデジカメでチラシ等を撮影した経験のある方なら判ると思いますが、よほど特殊な資料や使用用途でない限りは3で充分実用可能なようです(元資料のサイズにも依りますがこれで判別できないものは肉眼でも判別困難です)。また2はモノクロデータですが処理の関係で3よりも費用が高くなります。

 ただし所蔵資料の全てが複写できる訳ではなく、紙質や装丁がひどく劣化していたり、写真に図面に寄贈私文書や日記など種別も様々なので、電子複写可/写真複写可/複写不可といった具合に各資料の表紙に取り扱い方法が明記されています。記載がない(恐らく過去に複写依頼が一度も無かった)資料もありますが、それに関しては依頼があったその場で可否を判断するということです。また一資料の複写範囲に制限はなく、全頁複写の指定も可能です。

 個々の料金はその都度変動があるらしく明記は控えますが、「安くはない」とだけ書いておきます。また折り込み書類の有無や処理可能サイズの上限を超え分割するものなど、資料の形態によってページ単位で追加料金が発生する可能性もあるため、それも申請の際によく話し合わなければなりません。

 以下次回。

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MOMOKO.120%

Author:MOMOKO.120%
職業:自営業見習い
趣味:ブログの通り
模型の守備範囲:船
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現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

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