短信

2010–11–28 (Sun)
 相変わらず冬籠もりの準備などで忙しい状態です。


 以前、新湊の初代海王丸の冬期間の公開が停止されると書きましたが、その後方針が変わり、11月27日から2月13日の期間も公開される事になりました。以前の記事ではやむを得ないだろうとは書きましたが、陸上の建物のように公開を停止したら電源も水回りも全て閉めて放置するという訳にゆかないのが保存船の、特にこの船のような降雪地でかつ極力現状維持が求められる船にとっては難しい問題で、見学者がほとんど見込めない期間であっても、通風なり保守要員が必要であれば極力開けておくのが、地元との関係にとっても良策なのではないかと思います。

 来月上旬に富山に行く用事があり、丸2年近く船のほうに行っていなかったので、ついでに様子を見て来るつもりです。

軽巡多摩に関する二三の覚え書き。

2010–11–25 (Thu)
 何かの製作は前回からあまり変わっていません。

 以前、昭和19年の軽巡木曽の公式図の話で、3番煙突の後方に3基の台座が描かれていること、それは米軍が撮影した大破着底後の写真から確認できる事などを書きました。

軽巡木曽昭和19年2月現在一般艤装図より
中央甲板後部の状況(説明は全て推測)


昭和20年3月15日米海軍撮影写真
(学研歴史群像太平洋戦記シリーズNo.32軽巡球磨・長良・川内型 p58より引用)
倒壊した3番煙突の後方に計3基の台座が確認できます。



 大和ミュージアムの公開資料で球磨型の公式図は、他に昭和17年1月と19年3月の多摩の一般艤装図が存在します。昭和17年の状態はトレース図が出回り岡本好司氏が精巧な模型を作られているため比較的良く知られていると思います。しかしながら多摩19年の図面は私自身見たことがなく、端末検索で出てきた時には目が点になりました。

 これは昭和19年3月29日付で完成見取の上調整すと改訂履歴のある5枚組の図面で、上側面図・艦内側面・各甲板平面・主要部断面と一式揃っています。この図面を見る限りでは、多摩も鬼怒と同じく前部マストの探照灯が探照灯管制器に置き換わり、90cm探照灯は1基に減らされた上で3番煙突と方位測定室の間の探照灯座に移設されています。また、魚雷発射管室と後部甲板との隔壁の真上の位置(169番フレーム)に25mm三連装機銃が増設されている関係で、中央部甲板の左舷側の後端が2.5mほど後方に拡張されているように描かれています。また、後部7番砲塔に替わって装備された12.7cm連装高角砲はシールドの無いタイプになっています。


軽巡多摩昭和19年3月現在一般艤装図 舷外側面・上部平面図より
中央甲板後半部の状況

 しかしながら、改訂履歴が同じにもかかわらず、上部平面と艦内側面図の間には幾つか矛盾があります。上部平面図には2・3番煙突の間の大型吸気口の上の測距儀が消され、代わりに2基分の機銃射撃装置の位置が示されています。しかしながら艦内側面図ではこの部分は17年時と同じで、方位測定室の直後にやぐら付きの台座と説明がない機器が描かれています。位置関係は最初に挙げた軽巡木曽の2基の台座と似ているように見えます。


同一般艤装図 艦内側面図より

 もし木曽の2基分の台座の上に装備されていたのが機銃射撃装置ならば、多摩もそれにならって方位測定室の直後に台座を作って装備した可能性が出てきますし、他の艦でも同様の装備が成された可能性が考えられます。ただ、大戦末期の5500トン軽巡のディテールのわかる写真は防空巡改装後の五十鈴と最初に掲げた大破放棄後の木曽ぐらいしか公表されてなく(北上は参考にするには外観が変わり過ぎています)、上側面図とどちらが正しいのか、改装を重ねる段階でどちらも実施されたのか、あるいはいずれも検討材料に過ぎないのか、判断材料に乏しいのが難しいところです。

 多摩19年の公式図からの疑問は他にもあり、魚雷発射管室の上に増設された25mm三連装機銃が発射管室と後部甲板の隔壁の真上を中心として描かれているのですが、張り出しのない左舷側中央甲板の後端をわざわざ延伸してまでなぜ「この位置だったのか」という事も引っ掛かります。同様の例は鬼怒や阿武隈・防空巡改装後の五十鈴の公式図にも描かれており、阿武隈に関しては写真からも後端の延伸が確認できます(丸エキストラ戦史と旅11 p11)。

 考えられる理由としては、機銃の重量や振動に発射管室の天蓋に当たる中央甲板後部の構造が耐えられない可能性に思い至ります。もしそうだとすれば、多摩は昭和19年の夏に連装機銃2基を中央甲板後部に増設しているのですが、その設置位置はアオシマ1/350多摩1944で指定しているよりもう少し艦首寄りの、魚雷発射管室の艦首側の隔壁の位置だったのかもしれません。その場合艦尾側の艦載艇と干渉するため、この時点で多摩も木曽や五十鈴と同じように艦載艇を減らしたかまたは構成の変更も考えられます。

 なお、アオシマ1/350多摩の1944年状態では、中央甲板後部の三連装機銃は独立した機銃座の部品を甲板に接着するよう指示されているのですが、公式図にはそのような記載はなく、機銃は甲板に直付けで描かれています。ブルワークの記載はありませんが、前述の木曽の写真から周囲を取り囲む形状が推測できます。恐らく連装機銃に関しても同様と考える方が自然かもしれません。アオシマ1/350球磨型には他にも問題点が山積していますが、これらに関しては長くなるのでまた機会を改めて書くことにします。

 疑問点を整理すると、

・木曽や多摩、鬼怒で前部マストの探照灯の後方への移設があったとすれば、
 その時期はいつか
 またその時点に於ける球磨型・長良型・川内型の残存艦全てに行われた事なのか
・木曽で設置された機銃射撃指揮用と思われる3番煙突背面の2基の台座は
 球磨型の他艦や長良型以降でも実施された事なのか、またその時期はいつか
・魚雷発射管室の上に25mm機銃を増設した際に
 中央甲板の後端を延伸した艦は他にもあったのか

 大和ミュージアムの公開資料に当たってこれまで関知していなかった資料を見ることはできましたが、むしろ深い霧につつまれるが如く不確定要素が増えてしまいました。大戦中の5500トン軽巡の外観上の変遷は従来考えられているよりも更に複雑な要素があるようです。

1/350で何か作ってみる(その34)

2010–11–22 (Mon)
 前回の続き。

 この艦の後部甲板は公式図上ではカタパルト支柱付近の両舷と艦尾端が滑り止めになっています。否定できる根拠がないのでそのまま作りますが、1/350で滑り止めモールドが付いたエッチング板はなぜかどこからも発売されていないようです。


 以前雑感で触れたライオンロアのアオシマ1/350高雄用のエッチングセットがまだあり、航空機作業甲板がそっくりエッチングになっていて、手持ちの中では最も滑り止めの「範囲」が広いため、このモールドを拝借します。


 拝借方法はまずエッチング板の4隅に粘土で壁を作り、中にシリコンゴムを流し込みます。また同時に厚手の透明アクリル板の四方に壁を作ってシリコンを流し、その上に木の棒を乗せて、シリコンの平滑面が付いた棒を作っておきます。


 ゴムが固まったら粘土の壁とエッチング板を外し、水洗い後にモールド面に二液混合型レジンを塗って、シリコンの平滑面の付いた木の棒を乗せます。固まったらシリコンから剥がせば滑り止めモールドが付いたペラペラのレジンの板が出来上がります。これを切って流し込みタイプの瞬間接着剤で取り付ければ簡単にモールドが拝借できます。


 後部甲板は他に、キャプスタンや爆雷投下装置、ボラードなどの領域もプラペーパーを切り出して貼っておきます。


 後部甲板とシェルター甲板の製作はここで一旦切り上げます。次からは艦橋や煙突、前後部マストといった主要構造物に移ります。

1/350で何か作ってみる(その33)

2010–11–19 (Fri)
 前回の続き。


 船室にエッチングの舷窓と水密戸を付けます。フライホークの1/350水密戸は一部に抜けが充分でなく折り曲げる部分が埋まっている部品もあるため、閉じているものは枠と扉を切り離して枠に扉の表を貼り付ける事にします。

 以下次回。

1/350で何か作ってみる(その32)

2010–11–16 (Tue)
 多忙で更新日をすっかり忘れていました。すみません。


 現状はシェルター甲板裏側の加工が終わった所です。桁のパターンは画像の通りですが、特に根拠はありません。ただ、前後方向の桁に関しては船内側面図と上甲板平面図から中心線に桁があった事だけは間違いないので、船室外側の位置に一本、更に等倍の外側にもう一本という形で処理しました。本来はもっと上下方向に厚いものですが、元々のキットの甲板の厚みがあるためこの大きさとしています。

 画像右側のレール状のものは魚雷運搬用の軌条で、これは公式図に記載があります。この軌条がある関係で魚雷発射管室と後部甲板との隔壁がオープンになっています。興味深いのは同じく61cm4連装発射管を装備した防空巡洋艦改装後の五十鈴も公式図上ではほぼ同じ形式になっている事で、魚雷の形式によって搬入方法が違ったのか、それともこの艦の実績にならったのか、理由はわかりませんが気になる所です。

 画像右側の船室がない魚雷発射管室の天井は、本来であれば支柱や通風筒配管などもっと複雑な構造ですが、完成後は発射管に遮られてほとんど見えなくなるために省略しています。


 後部船室には多くの水密戸があります。5500トン軽巡のこの付近の水密戸はやや幅が狭いものが多かったようですが、市販の汎用エッチングは幅広のものばかりで、わずかにハセガワの艦船用汎用セットとフライホークの1/350日本海軍水密戸セット(FH-35003)しか見当たりません。ハセガワでは数が足りないため、フライホークのものを使います。


 また、写真や各種資料に記述があるにもかかわらず、水密戸の表面に×字状のアングルバーの表現を施した製品は私の知る限りどのメーカーにもありません。比較的目立つ表現なので、扉の表面のモールドを一旦ヤスリで削り落とし、伸ばしランナーでモールドを付け替えます。

 以下次回。

1/350で何か作ってみる(その31)

2010–11–10 (Wed)
 前回の続き。


 船室を接着したら甲板の裏側を更に削って薄くします。その後、エバーグリーンの0.25×0.5mmのプラ棒を等間隔に貼り付けて梁の代わりとします。このあたりは地味な作業が続きますが、疎かにはできません。

 以下次回。

1/350で何か作ってみる(その30)

2010–11–07 (Sun)
 前回の続き。


 中央甲板後部とシェルター甲板を接着したら、裏側が魚雷発射管室と後部甲板の間の隔壁の部分(黄土色のエポパテが縦に半分残っている所)で段差ができるため、画像手前の中央甲板側を舷側方向に削り倒します。舷側の接着ガイドになっているL型の溝が無くなるまで削ります。これは元々この部分に隔壁がない艦への展開を想定していないために起きる作業で、キットに責任があることではありません。


 削り終わったら船室を接着します。船室はツギハギのシェルター甲板の補強材も兼ねているため、丈夫に作ってあります。

 以下次回。

1/350で何か作ってみる(その29)

2010–11–04 (Thu)
 前回の続き。


 後部シェルター甲板が形になったので、中央甲板後部や船体との位置関係を調整します。実際の分割点は画像右端のプラ板をかませた部分で、テープが貼ってある中央甲板後部とシェルター甲板と船室を接着して1つのブロックとします。

 以下次回。

1/350で何か作ってみる(その28)

2010–11–01 (Mon)
 前回の続き。


 後部船室の形が出来たので、その上の甲板を作ります。基本はキットの部品ですが、表裏共にモールドは一旦全て削り落として埋め、カタパルト支柱の取り付け穴だけは開け直すのが面倒なので、穴から画像向かって右側の甲板を4mm切り取って左側に回すことで位置を調整します。次に張り出しの方向が長良とは逆なので、プラ板を貼って整形します。

 整形が終わったら画像下側の右舷側の張り出しを切り取ります。以下次回。

 | HOME | 

プロフィール

MOMOKO.120%

Author:MOMOKO.120%
職業:自営業見習い
趣味:ブログの通り
模型の守備範囲:船
Webページ:模型の缶詰

現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

Twitter

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

カレンダー(月別)

10 ≪│2010/11│≫ 12
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

月別アーカイブ

2017年 10月 【4件】
2017年 09月 【3件】
2017年 08月 【4件】
2017年 07月 【4件】
2017年 06月 【3件】
2017年 05月 【4件】
2017年 04月 【4件】
2017年 03月 【2件】
2017年 02月 【3件】
2017年 01月 【3件】
2016年 12月 【5件】
2016年 11月 【5件】
2016年 10月 【4件】
2016年 09月 【6件】
2016年 08月 【4件】
2016年 07月 【4件】
2016年 06月 【3件】
2016年 05月 【4件】
2016年 04月 【2件】
2016年 03月 【7件】
2016年 02月 【4件】
2016年 01月 【3件】
2015年 12月 【4件】
2015年 11月 【2件】
2015年 10月 【3件】
2015年 09月 【3件】
2015年 08月 【6件】
2015年 07月 【4件】
2015年 06月 【5件】
2015年 05月 【6件】
2015年 04月 【5件】
2015年 03月 【5件】
2015年 02月 【4件】
2015年 01月 【6件】
2014年 12月 【5件】
2014年 11月 【5件】
2014年 10月 【4件】
2014年 09月 【4件】
2014年 08月 【5件】
2014年 07月 【1件】
2014年 06月 【1件】
2014年 05月 【3件】
2014年 03月 【1件】
2014年 02月 【1件】
2014年 01月 【2件】
2013年 12月 【1件】
2013年 11月 【1件】
2013年 10月 【2件】
2013年 09月 【2件】
2013年 08月 【2件】
2013年 07月 【1件】
2013年 05月 【1件】
2013年 04月 【1件】
2013年 03月 【1件】
2013年 02月 【3件】
2013年 01月 【4件】
2012年 12月 【4件】
2012年 11月 【6件】
2012年 10月 【2件】
2012年 09月 【2件】
2012年 08月 【2件】
2012年 07月 【2件】
2012年 06月 【3件】
2012年 05月 【4件】
2012年 04月 【1件】
2012年 03月 【2件】
2012年 02月 【4件】
2012年 01月 【9件】
2011年 12月 【8件】
2011年 11月 【6件】
2011年 10月 【14件】
2011年 09月 【8件】
2011年 08月 【5件】
2011年 07月 【6件】
2011年 06月 【4件】
2011年 05月 【4件】
2011年 04月 【4件】
2011年 03月 【1件】
2011年 02月 【3件】
2011年 01月 【3件】
2010年 12月 【7件】
2010年 11月 【9件】
2010年 10月 【9件】
2010年 09月 【10件】
2010年 08月 【11件】
2010年 07月 【6件】
2010年 06月 【4件】
2010年 05月 【5件】
2010年 04月 【5件】
2010年 03月 【3件】
2010年 01月 【3件】
2009年 12月 【7件】
2009年 11月 【4件】
2009年 10月 【1件】
2009年 09月 【5件】
2009年 08月 【10件】
2009年 07月 【3件】
2009年 06月 【5件】
2009年 05月 【9件】
2009年 04月 【2件】
2009年 03月 【9件】
2009年 02月 【7件】
2009年 01月 【9件】
2008年 12月 【7件】
2008年 11月 【9件】
2008年 10月 【4件】
2008年 09月 【9件】
2008年 08月 【9件】
2008年 07月 【11件】
2008年 06月 【10件】
2008年 05月 【11件】
2008年 04月 【10件】
2008年 03月 【10件】
2008年 02月 【14件】
2008年 01月 【15件】
2007年 12月 【16件】
2007年 11月 【15件】
2007年 10月 【15件】
2007年 09月 【15件】
2007年 08月 【16件】
2007年 07月 【15件】
2007年 06月 【15件】
2007年 05月 【17件】
2007年 04月 【15件】
2007年 03月 【15件】
2007年 02月 【14件】
2007年 01月 【16件】
2006年 12月 【16件】
2006年 11月 【15件】
2006年 10月 【16件】
2006年 09月 【15件】
2006年 08月 【15件】
2006年 07月 【17件】
2006年 06月 【13件】

ブログ内検索

リンク

RSSフィード

ブログランキング

気に入っていただけましたら
押して頂けると励みになります

AD banner

楽天で探す
楽天市場