短信2

2009–03–29 (Sun)
 例年、3月の年度末は多忙ですが、今年は特にこのブログの外で抱えている事柄もあって、全くもって身動きが取れません。毎回来ていただく方には誠に申し訳ありませんが、このような事情ですので、特段大きな事柄でもない限り、4月の中頃まで更新を止めることにします。すみません。

短信

2009–03–23 (Mon)
 最近書いた最上の雑感を幾つか修正しました。

評価表
 スタイル:★★★★☆→★★★★
 実艦の特徴は良く捉えているようです。特に艦載機の表現は非常に良い。
 ↓
 実艦の特徴は良く捉えているようですが、考証には幾つか疑問もあります。
 艦載機の表現は非常に良い。

 その4で一旦述べた中央機銃台上の兵員待機所の疑問は、現状では根拠のない憶測でしかないので全て撤回しました。また、後部艦橋機銃台と通路の関係に関してはもう少し詳しく根拠を示して欲しいという要望がありましたので、実艦写真を引用して説明を補足しています。


 雑感では述べなかったことですが、船体と主要部品を合わせてみると、確かに最上以外の何物にも見えないのですが、個人的にはどうも今まで写真や図面などで受けていた最上型重巡のイメージと、何かどこか変な違和感があります。艦首や艦尾の窓のバランスが微妙におかしいようにも見えますが、それらをテープで隠してみても印象が変わりません。主要寸法はほぼ許容範囲内のようで、何かが具体的に間違っているという訳ではないので、たぶん今まで持っていた私のイメージの方が間違いだったのだろうと思うのですが、念のため書き添えておきます。

1月21日付覚え書きの続き。

2009–03–19 (Thu)
 この記事の続きになります。

 レイテ沖海戦最終時に於ける航空巡洋艦最上の搭載機数に関して、
・定数表では5機搭載
・最上の戦闘詳報では合計6機発進
・秦邦彦氏の調査では マリアナ沖海戦で喪失機が出たあと人員補充だけで
 機材は間に合わなかった(マリアナでの搭載機-喪失機で出撃)
 ここまで書きました。

 その後、川崎まなぶ著「マリアナ沖海戦」(大日本絵画社刊)を読み、末尾資料の水偵隊搭乗員一覧(p367)に於いて、最上の搭載機が三座水偵5機であることと、1944年6月19日に未帰還機を一機出している旨の記載がありました。これに秦氏の調査を合わせると、
・マリアナでの搭載数は5機、1機未帰還、帰投時4機
・未帰還機に関して、人員補充のみ、機材は間に合わず(4機のまま)レイテに出撃
 ということになります。

 レイテ沖海戦に於ける最上固有の搭載機を三座水偵4機とすれば、戦闘詳報の記載との差が2機あります。他艦から借りたのかそれとも戦闘詳報に誤りがあるのか、もう少し調べてみる必要があるようです。

フジミの1/350航空母艦翔鶴のことなど。

2009–03–16 (Mon)
 Web上ではまだ発表がありませんが、 来月中旬発売という事で幾つかの通販サイト等で予約の受付が開始されているようです。このサイトに小売店向けのチラシが挙がっていますが、それを見る限りではだいたい前作伊勢の内容に準じたものになるのではないかと思います。詳しくは(かなり遅れるかもしれませんが)発売された後にまた。

 私の方は相変わらずばたばたと忙しいです。

雑感:タミヤ1/350日本海軍航空巡洋艦「最上」(その6)

2009–03–13 (Fri)
 最後は資料の紹介を。


 学研の一連のシリーズで、実艦写真と1/100軽巡三隈・1/500航空巡洋艦最上の精密模型の紹介、主砲塔換装後の三隈と1944年2月復旧工事後の最上の公式図、実艦の行動記録などの内容から成ります。精密模型の紹介は細部を考える上で非常に参考になりますし、公式図など資料性の高い内容になっています(ただし考証図説はありません)。この記事を書いている時点では絶版で、中古価格も決して安くありませんが、模型を製作する上では不可欠な一冊だと考えます。


 写真集は次の2冊が挙げられます。


 左の重巡最上~(以下、ハンディ版と表記)は実艦の計画建造から改装、戦時中の変遷を写真や記事・艦型図と各艦の行動記録で示した本で、つまり最上型重巡の全般的な基礎知識がこれでわかります。ただ、21×15cmと小さい本なので、写真が少しわかりにくい難点があります。右は価格が高く、タミヤの最上だけのために買うのはお勧めし辛いのですが、1頁1隻収録の大判の写真集で鮮明なものが多く、細部のディテールや日本の巡洋艦の魅力が十分に感じ取れます。


 Japanese Cruisers of the Pacific War に関してはアオシマ高雄の時に書きましたので、その記事を参照して下さい。



 これは過去に出版された戦記や戦争に関する記事から再録して構成された本ですが、中にレイテ沖海戦当時に最上に乗艦されていた通信兵の西川昭美氏の戦闘記録が収められています(重巡「最上」血染めの戦闘詳報)。目に映ったもの全てを書き写せという航海長の命に従い、主観を排した戦闘経緯が箇条書きで記されています。時間経過など公式の戦闘詳報と矛盾する部分もありますが、最上と西村艦隊の最後の戦闘がいかに壮絶なものであったかが、ライブ感覚で伝わってきます。それほど長い内容ではなく、かつ現在絶版ですが、比較的容易に入手できるようなので、最上に興味のある方であればぜひ一読お勧めします。なお、左は収録されている単行本・右は文庫本の情報です。



 最後に、キット本体とタミヤ純正の関連パーツ等の情報も貼っておきます。

タミヤ1/350 航空巡洋艦 最上

タミヤ1/350 日本艦 舷外電路セット

タミヤプラモデル/1/350 船員セット(144体入り)
→関連記事有

雑感:タミヤ1/350日本海軍航空巡洋艦「最上」(その5)

2009–03–10 (Tue)
 前回触れた機銃座のブルワークの件ですが、航空巡洋艦改装後の図面や写真を見ると、中央機銃台(D35)と後部艦橋機銃台(D34)はブルワークではなく一段の手すりだったようです(艦橋前機銃台(D33)はブルワークのまま)。これも気になる方は削ってエッチングの手すりを貼り替えることになりますが、細かく付いている鉄甲板の滑り止めモールドを潰さないような慎重な作業になります。

 艦橋前機銃台(D33)はキットの指定通り接着すると艦橋との間に段差と平面で斜めに開いた部分に若干の隙間が出ますが、これは実艦通りの構造で、段差や隙間を埋めたり合わせたりする必要はありません。

 上部中央甲板左舷側前方に二組あるカッターの架台のモールドのうち、艦首側の一組に関しては航空巡洋艦時代には無かったと考えられるので、削った方が良いかもしれません。

 煙突両脇の探照灯座支柱(過程21、H46+H56)はムクにトラスの彫刻が成されています。航空巡洋艦改装後の図面ではここに兵員待機所が設けられていたため、部品のままの表現で良く、中をくり抜いたりプラ材などでトラスを作り替える必要はありません(トラスが抜けている、ライオンロア社の最上用エッチングセットの該当パーツの表現は誤りです)。

 また、このキットは組立順にも配慮があり、艦橋と前部マストと煙突は組立説明書の順番通りに組んで船体に取り付けないと後から付けられなくなるので注意が必要です。



 細かい部分で気になる問題はありますし、ブルワークや各構造物甲板の厚さなど繊細さをやや欠いたカッチリ気味のモールドには異論があるかもしれません。しかしながら、基本的には非常に組み立てやすく初心者にも配慮が成されたキットだと思います。

 元々タミヤの独自スケールも同然だった1/350の大型艦船キットは、2005年のハセガワの三笠に端を発し、わずか4年足らずの間に主力艦から補助艦艇まで1/700に次ぐラインナップを揃えるまでになりました。その短期間の集中投下の間、当のタミヤは伊400とハセガワとのバッティングになった雪風を出しただけで、消極的な姿勢ばかりが逆に目立っていたのが実情でした。そしてようやく大型艦艇が出てきた訳で、消極姿勢を一掃したとは言い難いものの、部品の精度と確実容易な組立という「組立模型の基本」の点に於いて他社と一線を画する内容で、タミヤなりの思想を明確に示したキットではないかと考えます。

 あと1回続きます。

雑感:タミヤ1/350日本海軍航空巡洋艦「最上」(その4)

2009–03–07 (Sat)
 1/700の際に問題になった上部中央甲板(シェルター甲板、B10)の表現は、このキットではリノリウムとなっています。レイテ沖海戦後の戦闘詳報には戦訓として「リノリウム甲板は火災発生し易きを以て居住区或いは万止むを得ざるの外鉄甲板となすを可と認む」という記述(アジア歴史センターオンラインp43)があり、また同海戦では中部~後部マスト付近の命中弾と火災が激しかったという生存者の証言があることなどから、個人的にはこの部分は重巡時代と同じくリノリウムの可能性が高いのではないかと考えています。ちなみに、同様の疑念は飛行甲板下の艦尾上甲板にもあり、重巡時代のリノリウムから鉄甲板に変える必然性があったのだろうかとも思いますが、この点は資料が全くないので何とも言えません。

 考証は全体的にはおおむね良好のようですが、細かい部分で1/700では誤差の範囲と感じた表現が、1/350に拡大すると幾つか気になる点があります。まず、中央機銃台(H24)上に付ける兵員待機所(D43,44)ですが、高さが下の機銃台の厚みを含めても4.5mmほどしかなく、1/350では1.6mで待機所とするには背が低すぎます。しかしながら学研の最上型重巡に掲載されている図面ではこれ以上高く描かれていません。また、その図面では機銃台の下の高角砲弾薬供給所(C21)の天蓋から後部艦橋に向かって通路が描かれていますが、機銃台と供給所の間隔があまりなく、這わなければ通行できません。何かが不都合です。

 これは個人的な推測になりますが、この兵員待機所は中央甲板から二階建てで立ち上がったもので、二階の床の位置が供給所の天蓋と同じ位置にあり、上部は機銃座から出ているだけで直接入ることができないという構造の方が理屈に合っているのではないかと考えます。なお、上述の図面には機銃座の待機所に接する位置の一部に切り欠きがあり、ここから下に降りる垂直梯子が描かれているように見えます。

 また、
後部艦橋の増設機銃座(D34)は艦首方向に向かって艦橋を囲む形で通路があります。キットでは機銃座と通路は同一レベルになっています。上述の図面では高角見張盤(H5)付近の側面にハッチが描かれているように見えますが、ここも4.5mm程度の高さしかなく入口を設けようとすれば非常に入りにくいものになってしまいます。

 図面の側面図をよく見ると、機銃座のブルワーク(図面では手すりのように描かれています)が手すり一段程度の高さなのに対して、艦首側の通路の手すりは二段あるにもかかわらず、上端は同一レベルで描かれています。すなわち、通路は同一レベルではなく手すり一段分低かったのではないかと考えます。上面図には左右両舷共に通路に段差があるように描かれているため、ここで傾斜を付けて下がっていたように見えます。ただし、通路を下げる修正は後部艦橋下部の形状修正も伴う非常に困難な作業なので、仮にそうだったとしても無理に手をつけない方が良いかもしれません。

20090307_1


 改装後に艦後部を写した有名な写真を見ると、

20090319_1
日本海軍艦艇写真集巡洋艦p122より

 この後部艦橋機銃台が写っている(1)の部分を拡大すると、
20090319_2

 (A)の部分で後部艦橋機銃台と前方の通路の間に段差があるように見えます。また、機銃台上の人物(B)と手前の通路に二人並んでいる(C)の位置が明らかに異なることから、機銃台と手前の通路はキットのような同一線上にはないことがこれでわかります。

 写真手前の中央機銃台(2)を拡大すると、
20090319_3

 機銃台の縁がキットのようなブルワークではなく手すりである事がこれでわかります。後部艦橋の機銃台も手すりのように見えます。

 ただし、飛行甲板両端の機銃台に関しては、(3)を拡大すると、
20090319_4

 矢印の部分にブルワークの内側の補強板があるように見えることと、図面上もブルワークのように描かれていることから、ここはキットの通りブルワークだったものと考えられます。


 以下続きます。

雑感:タミヤ1/350日本海軍航空巡洋艦「最上」(その3)

2009–03–04 (Wed)
 まず、前回の記事で、
>カタパルト支柱と船体外舷が一体化されているため、三連装砲塔の軽巡時代は船体を新たに作り替えない限り出せません
 と書きましたが、カタパルト支柱の形状が変更されたのは1938年の第二次性能改善工事の際で、それから39年の主砲換装工事迄の約1年間ですが、キットの船体形状で三連装主砲を搭載していた時期がありました。そのため該当部分を削除しました。すみません。


 キットの設定時期は航空巡洋艦に改造された1943年~44年初め頃のようです。マリアナ沖海戦当時は飛行甲板に単装機銃を追加するだけで良いようですが、レイテ沖海戦の最終状態にするためには、飛行甲板後端を拡張して増設機銃座を設け、また機銃や電探も増やす必要があります。

 構成はウォーターラインとフルハルの選択式で、水線上部船体が左右分割になっています。ウォーターラインの場合は内部隔壁を水線位置で切り分け、上部だけを使うよう指示されています。そのため隔壁の部品は切り取り易いように水線の位置で細くなっていますが、強度もその分弱く、フルハル仕様の場合に船底に合わないまま無理に押し込もうとすると二つに割れてしまう可能性があります。部品の合いが良いのと強度が充分に考慮されているため、割れても作れない訳ではありませんが、組立の際には注意が必要です。

 このキットの特徴として、一部の内部隔壁と上部外舷側壁、及び各甲板は通常の接着に加えてタッピングビスで留めるようになっています。甲板の裏側にはナットを固定できる配慮も成されていて、また各ビスの上には装備品や構造物などが載るため、ビスの頭が完成後も見えるということはありません。船のプラの大型キットは甲板や船体といった主要部品が大きくなればなる程、部品をぴたりと合わせる作業が大変になりがちですが、このキットではビスの多用によって比較的経験の浅い方でも確実に組み立てられるだろうと思います。

20090304_1
一部の内部隔壁と舷側側面は金具とネジで固定します。
隔壁の水線部が細くなっている点にも注意。
なお、手前の筒状のモールドは前側の甲板のビス留めの口で
前部上甲板後部と中央甲板先端の下側に付いた板を互い違いにして
ビスでここに留めるようになっています。

 モールドはいつもののタミヤのカッチリしたものですが、表現にやや繊細さが欠ける印象があり、一部のカマボコ型吸気口は甲板と一体化されているほか、機銃座などのブルワークも1/350の割には厚さが気になります。このあたりは意見が分かれる所かもしれませんが、組立の容易性を優先させた結果かもしれません。各装備品は特にハセガワの別売セットと入れ替える必要は感じませんが、機銃座と一体化された弾薬箱はただの四角いブロックなので、これはできるようであればモールドを少し加えた方がバランスがより良くなるかもしれません。

 艦載機は零式観測機が4機、零式三座水偵が8機入っていて、そのうち3機と5機を搭載例として指示されています。航空巡洋艦改装直後(=キットの設定時期)の定数はそれで正しいようですが、実艦の写真を見る限り実際の搭載数は多少の変動もあったようです。なお、キットの各艦載機は風防が透明部品でない事を除けば、プロポーション・モールド共に申し分ありません。

 以下続きます。

雑感:タミヤ1/350日本海軍航空巡洋艦「最上」(その2)

2009–03–01 (Sun)
キットの部品割は以下の通り。
・船底
・喫水板
・A部品
  船体外舷(右舷、左舷)
・B部品
  前部甲板、中央甲板、上部中央甲板、船体内部隔壁、
  シャフトブラケット、スクリュー、エディプレート、ほか
・C部品
  煙突、艦橋基部、羅針艦橋、6m測距儀、高角砲ブル
  ワーク、主砲ターレット、煙突格子、菊花紋章、ほか
・D部品
  艦尾上甲板、飛行甲板、艦橋前機銃台、探照灯甲板、
  主砲方位盤、防空指揮所、中央機銃台、後部艦橋、
  後部艦橋機銃台、高角砲射界制限枠、21号電探、ほか
・E部品(ABS樹脂)
  前後部マスト、クレーンブーム、煙突配管、旗竿
・F部品(透明部品)
  艦橋窓、110cm探照灯ガラス
・H部品(2枚)
  25mm機銃、12.7cm連装高角砲、魚雷発射管、魚雷、錨、
  探照灯、艦載艇、双眼鏡、探照灯管制器、ボートダビッド、
  パラベーン、キノコ型吸気口、機銃射撃指揮装置、91式
  高射装置、1.5m測距儀、探照灯台、爆雷、ほか
・J部品(2枚)
  主砲(二基分)
・K部品(2枚)
  零式観測機(二機分)、零式三座水偵(四機分)、カタパルト
・X部品
  展示スタンド一式(本体用・艦載機用)
・エッチング部品
  艦載機プロペラ、同運搬車、同滑走車、カタパルト上面、
  クレーンブーム上面・下面、煙突外板、ほか
・その他
  航空機展示用支柱、ポリキャップ、デカール、各種ネジ、
  ネームプレート、軍艦旗シート、カラー塗装図

有効総部品数(重複含)プラ562+エッチング53+ビス等
 プラ部品内訳:船体関連(A~F)155、装備品(H~K)396、スタンド11

(別売オプション)
・日本艦舷外電路セット(エッチング)
 直線1種類のみ
・船員セット
 (既製品)


 部品数は艦載機の数もあって巡洋艦としてはやや多い方ですが、一体化された部品も多いため、組立は実際の数ほどは負担には感じません。G・I部品が無いことや、飛行甲板と艦尾上甲板などを一つにまとめてある点、また上部中央甲板の艦橋付近に穴開けの選択指示があることなどから、重巡三隈も視野に入れた設計ではないかと推察します(ちなみにカタパルト支柱と船体外舷が一体化されているため、三連装砲塔の軽巡時代は船体を新たに作り替えない限り出せません)

 以下続きます。

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MOMOKO.120%

Author:MOMOKO.120%
職業:自営業見習い
趣味:ブログの通り
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現在は1/100初代海王丸の製作を一時休止して、ハセガワ1/350空母隼鷹を製作しています。

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